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    存続・新設めざす奮闘、各地で/特定最賃改定がほぼ確定

     業種ごとに設定する特定最低賃金の今年度の改定がほぼ出そろった。全国平均25円アップした地域別最低賃金(地賃)に追いつかれる特定最賃が相次ぐ中、存続させる取り組みが各地で展開された。「基幹的労働者の最賃」としての性格付けをより強めようとする検討や、新設をめざす動きも出始めている。

     

    〈16年度の特定最賃改定〉(1)/連合長野が「印刷」で奮闘

     

     地域別最賃の25円引き上げで、効力を失う危機にひんしたのは約30業種。うち9業種が効力を失った。

     そのうちの一つで、全国で引き上げ幅が最も大きかったのが、長野の印刷。2011年以降、組合決議や労働者の署名を、県内対象労働者の3分の1以上集めるという要件を満たせず、改定できていなかった。地賃を下回ることが確実となった16年度、連合長野が支援にのり出した。印刷労連の組合だけでなく、組織内外の印刷・製版関連職場を訪問して署名や組合決議、協約を集め、改定要件を5年ぶりにクリアしたのである。

     業界団体である印刷工業組合との懇談も行った。連合長野の根橋美津人事務局長によると、全国で唯一残る印刷・特定最賃を残す意義や、魅力ある産業にするためにも必要と説き、存続で合意。金額審議で、全国平均のほぼ倍にあたる34円を引き上げた。

     非正規労働者が多く比較的賃金の低い小売で11件、繊維で3件が一時的に地賃を下回ったが、そのうち11件の存続に成功。愛知では商品小売が昨年に続き地賃に追いつかれながらも24円引き上げて改定し、同じく石川、福井の小売も改定にこぎ着けた。

     金属製造業約150業種の引き上げ額平均は17円。昨年の14円と比べ上昇している。金属労協は夏以降、特定最賃への理解を深めるためのパンフを作成。使用者団体をはじめ、単組役員らに配布している。来年度改定での効果を期待する。

     

    〈用語解説〉特定最賃

     

     業種ごとに設定する最低賃金で、全国で235業種(2018年3月現在)あります。地賃を1割程度上回る水準で、適用対象労働者は約316万人(同)。あまねく適用される地域別最賃とは異なり、対象を「基幹労働者」に限定し、企業間格差の是正、公正競争の確保を図る制度。改定・新設には、一定の労働協約数、労組の決議、署名が必要です。

     

    〈16年度の特定最賃改定〉(2)/熊本労働局がミスリード

     

     沈んだ業種もある。兵庫の小売、鹿児島の百貨店・総合スーパー、滋賀の鉄鋼、京都の一般機械は必要な協約数に足りず、取り下げに。地域別最賃の上昇に組合が対応しきれなかったケースだ。兵庫の繊維、静岡の紙パルプも取り下げ、富山の自動車小売は労使関係の事情で改定できず、効力を失った。

     熊本の百貨店・総合スーパーでは適用対象者の半数をカバーする協約があり、その中の最低額の協約でさえ地賃を28円上回りながら改定できず。改定の必要性に関する審議で、使用者側の不安を煽る労働局のミスリードがあったという。

     連合はこの問題を重視、同局を問いただした結果、今後の運用について、協約が地賃を上回っている場合は改定の「必要性あり」とし、反対する場合は理由を明確に示す――ことを公労使三者で合意した。来年度改定で仕切り直す。

     連合熊本の児玉智勝副事務局長は「使用者側は制度の違いを理解せず、地賃と特定最賃を同一視している。江戸の仇(地賃引き上げ)を長崎(特定最賃)で討つ感覚。労働局はしっかり理解させてほしい」。

     15年度までに全業種が効力を失った、東京、神奈川の製造業も諦めていない。経団連のおひざ元で、改善はまだみられないが、今年も改定を申請した。

     金属労協の担当者は「やめる理由はない。諦めれば他県に影響する。必要性がある以上自分たちの主張は続けていく」。チャンス到来を待つ。

     

    〈16年度の特定最賃改定〉(3)/対象労働者の絞り込みへ

     

     地域別最賃とのすみ分けをより明確にしようという動きも広がってきた。

     大阪は、今年も申請した全業種で改定した。東京や神奈川では、地賃に2年続けて追いつかれた場合、使用者側は改定の必要性を認めない方針だったが、大阪は3~4年目(非鉄・電線、電気機械、自動車小売)の今年度も存続させている。関経連などとの労使の交流や、当該労使で必要性の審議を行うなどの工夫が奏功している。

     ただ、「来年はそうはいかないだろう」と、連合大阪の井尻雅之副事務局長は語る。安定した労使関係をてこに存続させてきたが、地賃をわずかに上回る特定最賃に存在意義があるのかという本質的な疑念が昨年来強まり始めており、労働側は新たな対応が求められている。

     新たな対応とは、対象労働者の絞り込み。連合大阪は5月に検討会を設け、基幹労働者のための最賃にふさわしい制度のあり方を議論している。JAMは「一人前労働者(2人の子を含む生計費)」など、電機は「雇用期間1年以上」とし、地賃との差別化をより明確にするよう検討中だ。

     小売や繊維などを抱えるUAゼンセンも同様。取り組み方針では、「商品小売」から「総合スーパー」へ変更するなど対象業種の限定や、適用対象者を「勤続1年以上」とするなど、対象者の範囲の見直しを呼びかける。

     基幹労働者にふさわしい最賃を未組織の職場にも波及させることで、中小企業の底上げを図り、賃金ダンピングの防止と公正競争を実現する――。対象者を絞ると同時に、それにふさわしい水準への引き上げも展望する。

     

    〈16年度の特定最賃改定〉(4)/ゼンセンは新設に挑戦

     

     新設の動きもある。UAゼンセンは3業種で新設の意向表明を行った。福島の百貨店・総合スーパー・ホームセンター、新潟の各種食料品小売、三重の百貨店・総合スーパーである。

     ゼロからの新設。これまでタクシーや看護師、トラックなどの業種で新設が試みられてきたが、経団連が廃止方針を掲げる中、新設の要件を満たしても実現していない。新設も改定と同様、使用者側が反対すれば実現しないためだ。

     新設は、適用対象者の半数以上を含む労働協約を集める方法と、組合決議や署名を集める方法がある。UAゼンセンの12年の流通産別統合で新設の条件が広がった。

     だが、簡単ではない。新潟では昨年、適用対象労働者の約6割の協約を集めたが、必要性は認められなかった。使用者側、公益委員から「提出した協約は大手のものばかりで、中小地場の協約が少ない」との注文を付けられた。新設については事業所数の要件はない。公益委員からはどれだけの中小企業から集めればいいのかとの提示もなかったという。

     「新潟は全国3番目に人口流出の多い県。他県の大手スーパーの参入も多く、ある程度の賃金水準を維持しようというのが新設の目的」。連合新潟の担当者はこう述べ、丁寧な対応を求める。

     福島は2年目の意向表明だが、地賃の21円上昇により、必要な協約数を満たせなくなり、改定の申請を断念。三重は現在、必要性審議が継続中である。

     

    ●労組法の拡張適用も

     

     使用者側の「厚い壁」を前に、UAゼンセンは、適用対象労働者数の「4分の3以上」の協約獲得をめざしている。これは労働組合法上の規定で、最賃審議会に諮ることなく、その地域での労働協約の拡張適用を可能にする強力な規定だ。戦後間もない時期に数件認められ、80年代には愛知の染色業で休日に関する拡張適用が実現している。業界全体の組織化をめざすUAゼンセンならではの取り組み。場合によっては、数の力を背景に、かたくなな経営者協会などに揺さぶりをかける考えだ。

     処遇改善が必要な介護分野での新設も、近い将来の課題と位置づける。長年、必要性が叫ばれながらも、突破できずにいた、新設の厚い壁に一穴を開けられるか。今後の取り組みが注目される。

     

    〈16年度の特定最賃改定〉番外編/生みの親・故金子氏の思いとは

     

     現在の特定最賃の原型となる産別最賃の生みの親、中央最低賃金審議会会長を務めた金子美雄・元経済企画庁調査局長(故人)は、連合編『最低賃金制の新展開』(経営書院・1992年)で、当時の新産別最賃が中小零細企業のための制度設計だったと述懐している。

     現在の地域別最賃が定着した当時、それまでの産別最賃の改廃がテーマとなっていた。存続には、労働協約や署名などを適用労働者の3分の1以上を集めることを要件に設定。当時の労働運動はこの地べたを這う取り組みに挑み、当初の大方の予想に反し、約7割にあたる244件を残した。

     金子氏はこの努力を高く評価し、「日本の大企業中心の企業別組合を中心とした労働運動が中小零細企業への新しい展開をしていく契機になることが私の一番大きな目的だった」と振り返っている。

     当時の日経連(経団連の前身)が「屋上屋」だとして産別最賃の廃止を主張する中、「僕の理想は、つまり産業別最賃というのは、ソーシャル・ミニマムの最賃ではなくて、産業別の標準賃金だ」「もう一つの産別最賃の理想は産業別ではなく、職業別」と強調。労働協約をベースに、企業の枠を超えた賃金の標準化への思いを込めていた。

     そのうえで、日本の賃金問題について金子氏はこう述べる。

     「重要な問題は大企業と中小企業の格差。日本みたいに大企業が中小企業に依存している国は世界じゅうないわけですよね。そういう産業構造というのがいろんな場合に大企業のリスクを中小企業に負担させるということは1つありますけども、もう1つ大きな理由は、低賃金、低コストということでしょうね。(略)それを最賃で改めるということは非常に大それた考えかもしれないけれども、大きくいえばそういう日本の企業構造、中小零細企業依存ということを、僕なんかは改めていきたい」

     四半世紀後の日本社会にも通じる指摘である。

     政府は、行き詰まった経済政策を挽回しようと、非正規の底上げ、中小企業の取引環境改善の政策を矢継ぎ早に放っている。

     一方、15年に成立した職務待遇確保法の付帯決議で示された、格差是正のための特定最賃に関する検討は進んでいない。経団連が廃止方針を堅持する中、新設は許されず、既存の業種は自然消滅を待つかのような状況にある。

     企業規模間格差の解消、底上げ・底支えの有効な一方策として、特定最賃の活用に光をあててもいい時期ではないだろうか。