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    労働時評/春闘変容目指す経労委報告/過少ベアと働き方改悪を提起

     経営側の春季交渉の指針となる経団連の2017年版経営労働政策特別委員会報告は、賃上げだけでなく、働き方改革や社会保障改悪などについてかつてなく強調しているのが特徴だ。春闘のあり方にも関わる。各論点を検討する。

     

    ●世論と運動の反映

     

     報告は、賃上げによる経済の好循環実現という「社会的要請」を受け、4年連続で賃金水準を引き上げるベースアップ(ベア)を容認した。背景には個人消費の2年連続マイナスや「アベノミクスが機能しない」などの危機感もあり、「賃金引き上げのモメンタム(勢い)を継続していく必要がある」としている。

     日本生産性本部の春闘セミナーでも、経営側の代表は「政府の働き方改革の一つに賃上げがあり、企業も正面から賃上げに向き合う春闘となる」と語った。

     財界のベア容認は、賃上げで個人消費の拡大を主張してきた労働運動と、世論の反映でもある。

     

    ●ベア分断に要注意

     

     報告は、収益が拡大している企業だけでなく、中期的に収益体質が改善している企業にも16年同様、「年収ベースの賃金引き上げ」を求めた。具体的には定期昇給やベア、賞与・一時金の増額、諸手当の見直しなど多様化させている。

     べアについても、全社員対象の「定率」「定額」に限らず、「子育て世代」「組織への貢献が大きい優秀層」への重点配分、「若年」「女性」などさまざまな選択肢を提示した。

     問題は、全員の賃金の引き上げではなく、査定強化や、自社型賃金決定などを進めていること。企業を超えた横断的賃金闘争の空洞化につながる。この手の分断には注意が必要だ。

     一時金増額は、消費押し上げの点で、月例賃金よりも効果が小さく、大手と中小間の格差を逆に拡大させる。ベア獲得を重視すべきだろう。

     

    ●格差是正に冷淡

     

     中小の賃上げなど格差是正に背を向けているのも特徴。連合の中小賃上げ要求1万500円について、「現実的な水準とはいい難い」「経営者の理解は得られにくい」と冷淡だ。

     地域別最低賃金についても「影響率」(改定によって直接賃金が上がる労働者の割合)の上昇傾向に言及し、初めて公労使の「審議会方式」の見直しを主張。特定(産別)最賃も、地域別最賃に金額面で追い越される業種が増加していることを踏まえ、「廃止に向けた早急な検討」を求めている。

     非正規労働者の処遇改善についても、時短による手当減少分を原資とする方法や、正社員との制度統一など、「労労分配問題」に歪曲(わいきょく)する思惑も目立つ。

     

    ●上限規制の抜け穴に

     

     「働き方改革」と関わって、多岐にわたる選択肢を提起しているのも特徴である。

     焦点の同一労働同一賃金については、欧州の職務給制度とは異なるとし、「日本型同一労働同一賃金」を提起。「仕事・役割・貢献度」などで、会社側が同一と評価する場合に同じ賃金を支払うとしている。

     政府のガイドライン案も「企業の自主点検と、労使の話し合い」にとどめており、その結果、実効性は乏しく、格差の固定化も危ぐされる。

     長時間労働対策では、時間外労働の上限規制やインターバル規制(休息時間規制)に触れている。一方、労働時間規制の適用除外となる「高度プロフェッショナル制度」(残業代ゼロ制)を新設する労働基準法「改正」案の早期成立を強く要求。時短政策とは矛盾し、上限規制の抜け穴となることが懸念される。

     「多様で柔軟な働き方」など雇用流動化と絡ませていることも要注意である。

     

    ●社会保障改悪へ誘導

     

     今回の報告の特徴は、社会保障改革を従来以上に強調していることである。3年連続で「大幅な」賃上げを行ったのに個人消費が拡大しないのは、社会保障の負担増による将来不安から賃上げの効果が減殺されている――というのがその理由だ。

     しかし、その理屈はごまかしといえる。実態は3年連続で(定期昇給相当分を含む)賃上げ率は2%を超えているが、そのうちベアは0・3~0・5%に過ぎず、実質賃金はマイナス0・1%程度へと転落している。

     経済界は社会保障改悪となる「適正化・効率化」を追求。「働き方に中立的な税」(消費増税)の拡大を政府に要請し、国民には痛みと消費抑制、将来不安をもたらす暴論を展開する。

     個人消費を拡大するには、大幅なベアと、社会保障の使用者負担率を現行の23%から欧州並みの36%程度に引き上げることも必要だろう。

     

    ●組合、春闘の変容狙う

     

     報告は「春闘」を、「闘い」とは捉えず、「労使協調路線」のもとに「労使パートナーシップ対話」と位置づけてきた。労働組合を経営組織の一つのように扱うなど、春闘の変容をも示唆する主張だ。

     問題は、その結果、成果配分のゆがみが拡大していること。大企業の内部留保は313兆円へと増え続けている。

     春闘の原点は、賃上げを軸に、労働・福祉など国民要求をストライキで実現させる「闘い」だ。経済界の春闘変容の動きに対し、総がかりの国民的春闘が求められている。(ジャーナリスト・鹿田勝一)