「機関紙連合通信社」は労働組合や市民団体の新聞編集向けに記事を配信しています

    〈働く・地方の現場から〉最後の「真夜中の労働学校」/ジャーナリスト 東海林智

     以前、この欄に「真夜中の労働学校」という一文を書いた。新潟市の居酒屋でアルバイトをする大学生(22)と労働法や労働問題を議論しているという話だ。彼の仕事が終わる午前0時過ぎから、別の居酒屋で落ち合って話をしていた。先日、その「真夜中の労働学校」で〃最終授業〃を行った。

     彼は今春、新潟市内の大学を卒業、関東の住宅会社に営業の職を得た。「売り手市場なんすかね、就活はそんなに苦労しなかったです」と彼。新潟労働局によると、県内の大学・短大・高専、専門学校の18年3月卒業予定者の内定率(1月末現在)は、前年同時期比2・8ポイント増の88・4%だ。1972年に調査を始めて以降、過去最高だという。

     

    ●ブラック対策を学ぶ

     

     今から30年前、私が大学を卒業する時は、まさにバブルが始まった入り口で、超が付く売り手市場だったように思う。大学の友人たちは証券会社や銀行、メーカーからいくつ内定を取ったかを競い合い、内定者の合宿と称する囲い込みがいかに豪華かを自慢し合っていた。取り立てて優秀ではないのに、当時人気の高かったメディアを志望した私は、内定を取るのに苦労し、友人たちの話を別世界の話として聞いていた。とはいえ、社会も学生たちも浮かれていた。彼は意外な感想を語った。

     「いやぁ、僕も含め、僕の周りには浮かれている学生なんていないですね。みんな社会人になるのを前に不安でいっぱいですよ」

     と、えらく慎重なのだ。「何で? 目標とする企業に正社員で入って、万能感みたいなのないの?」と尋ねると、「ないっすね。たまたま今、就職が良いという巡り合わせに過ぎないっすから」。ドライなんだなと思い、さらに話を聞いた。「東海林さんに半年ぐらい〃労働学校〃やってもらったでしょ。それは、自分の将来へ不安をなくすために必要だったんです」

     そういえば、彼はいわゆる〃ブラック企業〃の手口やその対策法を熱心に聞いてきた。求人の際の詐欺的募集(みなし制度のいんちきなど)や試用期間を有期雇用とする手口、入社後の選別、長時間労働と不払い残業、パワハラの手口などを紹介した。どうしてもガマンできない時はどのように辞めるのかなど、実態と法的な権利、対応の方法などを知りうる限り伝えてきた。もちろん、弁護士、労働基準監督署、労働組合など、どういう人に相談するのかも教えた。

     

    ●労働組合の役割を講義

     

     彼は家庭の事情もあり、授業料以外は全てバイトと奨学金で賄った。「ブラックに捕まって仕事を辞めるようなことになれば、奨学金を返せない。そうすると先がない。学校ではブラック対策は教えてくれないから、東海林さんに教えてもらいました」と頭をかいた。その不安にどこまで応えられたか定かではないが、彼の話を聞いて、これまで言わなかったことを、最後に話した。

     それは、労働組合の役割だ。若者がおびえるブラック企業、それらをのさばらせた一因は、労働組合の組織率の低下だ。組織率が下がり、個別バラバラにされた労働者は会社で抵抗の拠点を失い、好き勝手にやられているのだ、と。彼は「最後の授業は労働学校っぽいですね」と笑った。就職先の企業には、幸いにも労組があるという。「(労組が)機能しているかどうか分からないけど。〃抵抗の拠点〃という言葉好きです」と拳を握った。2人で校歌代わりに、深夜の繁華街で団結ガンバローをやってお別れした。