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    核兵器廃絶と脱原発掲げ/原水禁が世界大会/被爆の実相語り継ぐ活動を

     原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などは「被爆75周年原水爆禁止世界大会」の広島大会(8月6日)と長崎大会(8月9日)をオンラインで開いた。

     両大会のオープニングでは、被爆当時の写真を映し出した後、1954年3月の米国によるビキニ環礁での核実験で静岡の漁船「第五福竜丸」が被ばく。日本中で原水爆禁止運動が起こり、翌年に第1回原水爆禁止世界大会が開かれたことを紹介した。その後、あらゆる「核」に反対する運動へ発展したと説明した。

     

    ●被爆者のいない世界

     

     長崎大会では、川野浩一議長が「当初の投下目標だった常盤橋に原爆が落とされていたら、私は跡形もなかっただろう。当時5歳、あの日も暑い日だった」と被爆体験を語った。

     現地代表として、原水爆禁止長崎県民会議の山下和英副議長が発言。「被爆者の平均年齢が83歳を超えた意味を訴えたい。被爆者から直接、実相を聞く体験が失われつつある。この先、いや応なく被爆者のいない世界がやってくる。実相を継承する取り組みを真剣に進めなければいけない」と話し、こう訴えた。

     「2017年に核兵器禁止条約が採択された。しかし、日本政府は条約に署名(や批准)をしない。長崎の被爆者は怒りを禁じ得ない。被爆者に『核兵器がない世界を見せたい。その端緒だけでも』という焦りが長崎にはある」

     12日には福島大会も開催予定。

     

    〈写真〉被爆体験を語る原水禁の川野浩一議長(8月9日、オンライン)