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    インタビュー/マイナスばかりの政策/森裕之立命館大学教授/維新の勢力維持・拡大が狙い

     「都構想」の危険性を訴える131人の学者の意見表明をとりまとめた、森裕之立命館大学教授(財政学、都市経済学)に制度案の問題点を聞いた。マイナスばかりで、「維新の勢力維持・拡大」のためでしかない、と指摘する。

     ――一番の問題点は?

     制度に根本的な欠陥がある。大阪市が廃止された後にできる特別区は、都市計画を自分で決められない。例えば学校の近くにパチンコ店が建ち並んでいては困る。そのために土地の使い道である「用途」を現在は大阪市が定め都市計画を行うが、そうした権限はすべて大阪府に移行する。大都市特有の医療、教育、産業政策も全て大阪府に移る。

     財源も大半が大阪府に移る代わり、特別区は府から「財政調整交付金」を受けることになるが、将来必ず財源不足に陥るだろう。交付金額は毎年度ごとに大阪府議会が決める。将来の約束はできないし、してはならない性質のものだ。東京は都議会議員の約7割が23区の選出だが、大阪府議のうち大阪市選出は約3割。この割合は特別区になっても維持される。特別区の住民の声が反映されにくい仕組みとなる。

     大阪府は、大阪市から奪い取った権限を使い、人工島・夢洲の開発やカジノ建設を進めると述べている。巨大プロジェクトの負担のつけが回り、特別区への交付金が削られるのは必至。市民の身近な生活や福祉予算が削られ、住民サービスは低下するだろう。

     ――この時期に住民投票をする問題は?

     新型コロナの影響で税収は約500億円減り、21年度は637億円の赤字になると言われている。その後もどれだけ減るか分からない。その一方で、コロナ関連の支出はどんどん増えていかざるをえない。医療や教育など、感染症リスクへの対応を考えなければならない時なのに、大阪府と市は「国が何とかしてくれる」と、とんちんかんな楽観主義を振りまいている。そんな自治体は全国でも大阪だけだ。

     私は「インフォームドコンセント(十分な説明と同意)のない欠陥手術」と制度案を呼んでいる。「たぶん大丈夫」とか「やってみないと分からない」なんていう医師に大手術を任せられますか? コロナ禍で十分な説明もなく、住民に判断を迫るやり方は許されるものではない。

     

    ●「二重行政はない」

     

     ――「二重行政の廃止」で財政の削減効果は?

     私の試算では4千万円にしかならない。財源の関係で二重行政がなくなるとはもう絶対に言えない。松井一郎市長自身「二重行政はない」(8月21日、大阪市議会)と言っている。元々ないのだ。前回の住民投票の時も削減効果はせいぜい2、3億円しかなかった。維新は当時「4千億円の削減効果がある」と言い、その後1千億円に修正した。それもほとんどは、民間委託などの費用で、大阪市廃止とは関係のない数字を盛り込んでいた。行政を巻き込んでデマを流していたということだ。

     その一方で、特別区設置の費用として241億円、今後毎年の運営に30億円かかるという。全く割に合わない。

     ――松井市長は「大阪府に一元化し、成長戦略を迅速かつ強力に実現する」と述べています。

     「基礎自治体の民意を無視して迅速に」ということだろう。例えば、住民が強く反対する沖縄・辺野古の米軍基地建設がある。あれは国と県の関係だが、大阪府と市の間でも起こり得る。地方自治とは、自分たちで考え熟議を経て決めるもの。株式会社の意思決定とは違う。

     「10年で1兆円の経済効果」という嘉悦学園の報告書を振りかざしてもいるが、これも眉唾(まゆつば)だ。大都市であることによるプラスの効果とマイナスの効果が同じコストとして混同されていたり、「都構想」と無関係な公共事業の経済効果をその成果であるように見せかけたりしている。大阪市の特別顧問の経済学者らからも疑問が出されている。

     ――大阪では東京のような特別区は無理?

     まったく無理だ。東京が運営できているのは財源が豊かだから。法人税と固定資産税の収入が全然違う。大阪市や大阪府は地方交付税をそれぞれ国から、約900億円、約4000億円を受けている。それだけ財源が不足しているということ。一方、東京は都も区も不交付団体で、基準財政需要額をはるかに超える税収がある。国が補填(ほてん)する必要がない。それだけ財政力が違う。

     

    ●党利党略のため

     

     ――では制度改革の狙いは何でしょうか?

     百害あって一利もない制度に、なぜ彼らはあれほどまで固執するのかとよく聞かれる。答えは「維新の勢力維持・拡大のため」。これだけだ。それをあきらめると存在価値がなくなる。大阪市民はもう10年も翻弄(ほんろう)され続けている。

     ――道州制につなげると述べています

     ペテンと言わざるを得ない。大阪市をつぶして「大阪都」にならない大阪府にすることが、なぜ道州制につながるのか。道州制というのは、大阪府もつぶして関西州にするもの。だが、制度案は、将来「州都」になるべき大阪市をなくすだけではないか。全く理屈が合わない。

     

    ●秩序破壊し分断あおる

     

     ――仮に成立した場合の全国への影響は?

     維新の力が強くなるだろう。菅義偉首相と蜜月だとも聞く。政令指定都市つぶしのような、何一つ良くはならない改革騒ぎが各地で起こり、日本中が混乱するのではないか。私たちは「大阪を守りたい」という思いと併せて、「大阪市廃止」のような既存の秩序の破壊を広げたら国が崩壊するという危機感がある。

     ――全国の労組に呼び掛けたいことは?

     大阪の政治の対立構造は「維新対その他」になっている。なぜ「その他」の中に自民党から共産党までがいて一緒に行動できているのかというと、「社会が長年築き上げてきた仕組みを破壊させてはならない」という一点に尽きる。維新の手法は、「NHKから国民を守る党」(N国)もそうだが、既存の秩序を破壊し人々の分断をあおりながら勢力を伸ばしていくというやり方だからだ。

     既存の制度には先人たちの知恵が込められている。例えば、労働者が使用者と対等に交渉できるよう中立的に監視する労働委員会がある。労働三権を保障する仕組みだ。維新は府・市職員の労組への不当労働行為を繰り返し、労働委員会をも批判した。また、住民生活を支える地域の自治会も既得権団体だと攻撃した。このように、トップダウンの妨げとなる「中間組織」を標的にしてきた。

     維新が国政への影響力を強めれば、大阪で起きたような混乱と被害は公務員にとどまらない。既存の制度や権利への攻撃はさらに広がるだろう。「ひとごとではない」ということを労働組合の皆さんにはぜひ認識してほしい。