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    「三度許すまじ原爆を」/原水禁が世界大会/すべての被爆者救済求める

     原水禁など実行委員会は8月5~9日、被爆76周年原水爆禁止世界大会を広島市と長崎市で開いた。世界で核軍備増強の動きが強まる中、「これ以上、核兵器を使わせてはならない」という原点に立ち、核兵器禁止条約の批准を日本政府に迫る運動を強めようと呼びかけた。長崎の「被爆体験者」訴訟を支援し、すべての被爆者救済を求めた。

     川野浩一共同実行委員長(原水禁共同代表)は長崎大会で、今年1月に核兵器禁止条約が発効したことに触れ、「世界が核兵器廃絶に向かう歴史的な事実を前に核保有国は核軍備増強の動きを強めている。絶対に許せない。『三度許すまじ原爆を』の言葉を再度思い起こしてほしい」と参加者に運動の強化を訴えた。

     広島大会では金子哲夫共同実行委員長(同共同代表)が、広島市の平和記念式典のあいさつで菅首相が禁止条約に一言も触れなかったことについて「(被爆国の代表として原爆犠牲者の)慰霊碑の前に立つ資格があるのか」と強く抗議した。

     長崎大会の山下和英実行委員長は「県外、県内参加者で会場を分けて感染対策を徹底した。禁止条約発効後の意義ある年であるということと、救済対象の拡大を勝ち取った広島の『黒い雨』訴訟の被爆状況は長崎でも同じだということを参加者に直接会い、討議したかった」と語った。

     

    ●私たちも認めてほしい

     

     長崎大会で被爆者の山内武さんは「広島の『黒い雨』訴訟では原告全員が被爆者と認められた。私たちも認めてほしい」と「被爆体験者」訴訟の支援を訴えた。

     長崎の被爆認定地域は当時の行政区域に沿って線引きされ、爆心地から半径12キロ圏内で被爆したにもかかわらず「被爆体験者」として区別され、被爆者健康手帳が交付されない。長崎市などに手帳交付を求めて2007年に第1次(原告388人)、11年に第2次(原告161人)を提訴。ともに敗訴が確定したが、昨年11月に再提訴し係争中。北村智之実行委員会事務局長(同事務局長)も訴訟支援と、早急にすべての被爆者を救済することを求めた。

     基調報告では「核抑止力の欺瞞(ぎまん)を許さず、日本政府に米国の『核の傘』からの離脱を求め、禁止条約の批准を引き続き強く迫らなければならない」と呼びかけた。プルトニウム利用からの脱却、非核三原則の法制化、脱原発などの取り組みも行う。

     

    〈写真〉被爆者の箕牧智之さんが、広島市立基町高校の生徒が描いた絵を紹介しながら被爆体験を語った(8月5日、広島大会)