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    〈働く現場から〉特殊詐欺の受け子(6)                 普通に生きたいだけなのに…/ジャーナリスト 東海林智

     日雇い派遣で仕事が回らなくなり、アパートを追い出された彼女は、ネットカフェを拠点に派遣で働いた。けれど、半年もそんな仕事をするうちに、「もう限界だ」と思った。「最初は快適に思えたネカフェだけど、『こんなところでいつまで先の見えない暮らしを続けるのか』と思うと気が狂いそうになった」と振り返る。

     きちんとした生活の拠点、とりあえずアパートを借りるお金を工面するまでと決めて、風俗の世界に足を踏み入れた。最初に何かの区切りをつけないと、ずるずる続けそうな気がした。だから、目標を決めた。店は、女の子たちの評判を信じ、〃店長の店〃に決めた。

     

    ●キャバクラは1軍

     

     少し疑問があった。風俗に行く前にキャバクラなどの接客業へ行こうと思わなかったのか……と。率直に聞くと、薄く笑った。

     「キャバクラは、1軍。エステやネイルなどそれなりにお金をかけないと稼げない世界。今夜の寝場所もままならない自分が稼げる手段ではない。ネカフェの耳学問ですけど」

     最初から、そんな世界は諦めていた。手っ取り早く、確実に稼ぐには風俗なんだと、情報交換で思い知らされた。そうはいっても、いざ、風俗で働くとなったら、恐怖でしかなかった。明日にしよう、明日にしようとためらっているうち、ネカフェに滞在するお金さえ事欠くようになった。

     余裕があった時は、一つの部屋を1週間単位で金を払って使っていたこともある。それが、夕方からになり、夜間のナイトパック、個室ではないフロアの利用と追い詰められ、24時間営業のファストフード店を利用するしかない状況に。

     

    ●風俗の仕事に嫌悪感

     

     「もう、明日がなくなった日に行った」

     まだ、コロナの前。店に入ったら、初日から客が付いた。「風俗未経験の子ですから」。店長は「しばらく、これで推すから。だんだん覚えて行けばいいから」と言った。仕事には嫌悪感しかなかった。嫌で嫌で仕方がなかった。「客の相手が終わるたびに、自分で『チャリン、チャリン』て金の落ちる音を言って耐えました」。

     3カ月後には、アパートを借りることができた。それで風俗をやめたかというと、そうはならなかった。「次に進む道が見つかるまでとか、お金をもう少しためてとかを理由にしたけど、やっぱり不安だった」

     

    ●今も女性が次々と

     

     そんな日々を過ごしているうち、コロナ禍に見舞われて犯罪に手を染め、すんでのところで戻り、今、また風俗にいる。この間、感染拡大の第2波などで、客が完全に戻ったわけではない。同僚には、地方の風俗に逆出稼ぎに行っている者もいる。

     店が営業を再開したら、経験のない女性たちが次々と店に入る。不安定雇用の女性か、風俗以外の接客業からきた女性だ。

     「風俗が機能しなかった時期には闇の職安に相当流れたんだろうなと思う。みな、そのことは決して口に出さないけれど、どうやって収入のないところを生き残ってきたのかを考えれば分かる。(こちらに)戻ってこれず、捕まるまで犯罪組織で働く子もいるんだろうな」。そういうと、目を伏せた。それは、もしかしたら、〃明日の自分〃だったかも知れない。(つづく)