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    スポーツ・ライター玉木正之のスポーツ博覧会(96)

    平昌五輪の南北政治利用に、五輪の反戦平和主義は勝てるか?

     北朝鮮の参加を巡り、平昌冬季五輪は開幕前から大騒動。

     この原稿を書いてる時点(1月下旬)では、北朝鮮がどのような形で参加するのか? ――南北統一チームとして統一旗の下で開閉会式に臨むのか? 女子アイスホッケーは南北合同チームを作るのか? 北の応援団や演奏家たちはどのくらい南へ送られるのか? まったく予測できない。

     北朝鮮は突然参加をやめるかも……などという情報も流れるなかで、オリンピックと政治は切り離すべし……という声もよく聞かれる。が、これは無理な相談ともいえる。

     スポーツと政治は切り離されるべきで、ある国とある国の試合が、両国の政治情勢や政治的思惑によって左右されるなどということはあってはならないし、ある大統領(独裁者)の肝煎りの選手が有利になる、などということも論外だ。が、オリンピックは少々異なる面がある。

     フランスの教育学者クーベルタン男爵は、フランスがプロシア(現在のドイツ)との戦争に敗れ(普仏戦争1871年)、復讐の声が高まるなか、戦争を繰り返すことの愚かさを訴え、反戦平和を世界に広める手段として、古代ギリシアのオリンポスの祭典(その期間中の不戦の誓い)を見習い、近代オリンピックの開催を提唱した。つまりオリンピックとは、スポーツ大会である以前に反戦平和運動であり、戦争が政治の延長とするなら、反戦もまた政治運動の一種といえるのだ。

     そもそも政治的なイベントであるオリンピックは、過去のすべての大会で様々な国が政治利用を目論んだ。今回、北朝鮮や韓国が政治利用するのも当然なのだが、そんな圧力に負けず、「オリンピックは反戦平和」という精神の政治運動を実践してほしい。