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    〈働く現場から〉賃上げに見る政府の本気度/ジャーナリスト 東海林智

     年が明け、2023年春闘が本格化した。労使ともに、賃上げに前向きという、これまであまり見られない状況になっている。

     食料品を中心に物価高騰が止まらない。連合は「5%程度」、全労連は「10%以上」など労組側の要求は当然だが、経営側も前向きだ。23年版「経営労働政策特別委員会報告(経労委報告)」は、賃上げへの積極的な対応を「企業の社会的責務」とまで言っている。実質賃金が下がり続けたこの間、経営側はずっと責務を放棄してきたのかと嫌みの一つも言いたくなるような書きぶりだ。

     経営側の変わり身は、地盤沈下を続ける日本経済への危機感と賃上げを迫る政府の強い意向が反映されているという。岸田文雄首相は、最低賃金引き上げを含め、たびたび賃上げに言及してきた。だが、それは、支持率が一向に上がらない政権の唯一の浮揚策のように見えて仕方ないのだ。

     そう思う理由の一つは、最賃を巡る政府の本気度のなさだ。最賃は過去最高の31円(加重平均)も引き上がったではないかとの声もあろう。しかし、公務の現場で非正規の公務員として働く会計年度任用職員で、最低賃金を割った状態で働いている職員がいるのだ。

     自治労連が総務省の示す賃金決定の方法に従い、全国の各自治体で最も賃金の低い非正規職員の時給を推計すると、22年9月30日の時点で全国の4割超の自治体で、10月1日から適用される各地の最賃を下回るという結果になった。

     

    ●下妻市は是正せず

     

     多くの自治体では、22年度の最賃改定に合わせて、最賃を上回るように賃金を改定したとみられるが、23年度(23年4月)の契約で、最賃以下の状態を是正するとする自治体も少なからずある。

     例えば、私の取材では、茨城県では県内の44自治体のうち、半数を超える24の自治体で改定後の911円を下回る職員がいた。このうち17自治体は改定に合わせて911円を上回るように措置した。残る7自治体のうち3自治体は昨年12月議会で改定し、10月にさかのぼって是正した。

     あとの4自治体のうち二つは12月に、一つは1月に改定し、いずれも遡及(そきゅう)はしなかった。そして残った1自治体(下妻市)は4月の新年度まで改定せず、最賃を下回るままとした(1月10日時点)。下妻市は「会計年度職員も最低賃金法の適用を除外されており、違法ではない」と言う。

     

    ●最賃割れに無関心な政府

     

     茨城だけの話ではないだろう。所管する総務省は当初取材に「承知していない。調べるつもりもない」と回答していたが、昨年12月23日に突如、会計年度任用職員の運用に対する通知を出した。その中で、賃金を決める「地域の実情」には「最低賃金も含まれることに留意する」と初めて言及した。「驚いた。当然の通知だが、適用除外だと開き直るだけでは済まなくなったのだろう」(自治労連幹部)と分析する。

     公務の最賃割れは「『国が守らないルールを何で守らなければならない』と民間のモラルハザードを招きかねない最悪の状況」(中沢秀一静岡県立大准教授)との批判の声が上がっていた。いずれにせよ、公務が最賃割れを起こしている事態に無関心だった政府の無責任ぶりが浮かび上がる。

     さらに、31円の引き上げでは物価上昇に追いつかないと、全国一般全国協や生協労連などが物価に見合った最低賃金の再改定を求めているのにも厚労省は音なしだ。

     政府が本当に最賃の引き上げを重視するなら、強い指導力を発揮すべきだろう。だが、そんなそぶりも見せない。最賃近傍で働く者たちの暮らしは待ったなしなのに。