「機関紙連合通信社」は労働組合や市民団体の新聞編集向けに記事を配信しています

    2016年

    4月

    20日

    インタビュー/非軍事の理念こそ現実的/紛争地での経験から/JVC 谷山博史代表理事

     日本国憲法は、非軍事の手段によって平和をめざすとうたっている。これに対し、「非現実的」「お花畑」という非難が行われている。3月末に施行された安保関連法も、そうした「現実論」が考え方の基にある。だが、軍事で平和を達成することはできるのだろうか。アフガニスタンなど世界の紛争地で支援活動を続ける日本国際ボランティアセンター(JVC)の谷山博史代表理事に話を聞いた。

     

    ●終わりなき「対テロ戦争」/住民の犠牲は防げず

     

    Q 現代の戦争の多くは「対テロ」を掲げています。軍事攻撃でテロをなくすことはできますか?

     

     米国などは「テロリストを根絶やしにする」と言いますが無理でしょう。対テロは終わりなき戦争です。

     相手が政府なら指揮系統があり、交渉して終戦に持ち込むことも可能です。しかし、相手が「テロリスト」の場合は交渉さえしないのです。

     アフガニスタン戦争ではタリバン政権を崩壊させました。その後対テロ戦争を展開しているにもかかわらず、彼らは逆に全土で勢いを増しています。なぜか。現場では、住民とテロリストは混在しています。「住民の中で闘われる戦争」とも言われ、必ず住民を巻き込みます。そのことが住民の反発を強め、武装勢力を増強してしまうのです。

     例を挙げましょう。

     

    ・誤爆は日常茶飯事

     

     2014年4月、アフガンの現地医療スタッフから私の携帯に連絡が入りました。「母親が米軍に撃たれて連れ去られた」というのです。母親は乗り合いタクシーで移動中でした。女性だと気付いたため殺さず、米軍基地内の病院へ運ばれたことが分かりました。

     米軍による住民への誤射、誤爆に対して抗議し、調査・謝罪を要求すると、米軍は「日常茶飯に起きていることであり、調査は無理」と答えました。それを聞いた息子は怒ってこう言いました。

     「テロでもなんでもやってやる」

     武装勢力の蛮行も許されませんが、それに理解を示す住民もいて、テロリストを正当化する意識が広がっています。だから、根絶やしどころか、テロ勢力は広がる一方なのです。

     イラクも同様です。主要な戦闘が終了した後、長い泥沼の戦争が続いています。そこでは、前線も後方もなく、敵がだれかも分からない。極度の恐怖状態に置かれます。

     

    ・どちらがお花畑か?

     

     そんな場所に自衛隊が出て行って、「後方だから安全」「隊員のリスクは高まらない」と言っていていいのかどうか。あまりにも現実を知らない議論であり、どちらが「お花畑」なのかと言いたくなります。

     

    ●軍隊来れば村は狙われる/安全確保に逆行する現実

     

    Q 紛争地では軍隊によって安全を確保するのが当然のように言われます。どう思いますか?

     

     これもアフガンの例です。私たちが活動していた東部の村は、ある意味で空白地帯であり、安全でした。武装勢力が浸透する地域が増えている時だったにもかかわらずです。

     それは、村に米軍がいなかったためです。一度、入ってこようとした米軍を村人とわれわれで拒否しました。すると、武装勢力は入ってきません。米軍がいれば、その米軍を追い出すという口実で武装勢力が入りやすいし、住民の理解も得やすい。だから、たとえ「人道」目的であっても、米軍が入ってくるのはとても脅威なのです。

     

    ・住民の武装化は危険

     

     米軍が作った「ローカルポリス」というのがあります。地域住民にお金と武器を渡してタリバーンに対抗させようというものです。 多くの場合、かつての軍閥の息のかかった人々がローカルポリスになったのです。せっかく武装解除したというのに、再武装化を許してしまったのです。地域で特定の勢力が武装化するといろんな問題が起きてきます。タリバーンもローカルポリスを米軍の息のかかったものとして敵視します。

     私たちが活動している村の村人たちは、タリバンを呼び込んでしまう恐れが強いからと、ローカルポリスを拒否しました。武力で安全を確保しようとしても逆効果だと知ったのです。紛争を未然に防いだことになります。

     一般に村人と言っても、武装勢力の協力者だっています。村人たちを対立させず、できるだけ内紛になる芽を摘むこと。住民同士が信頼し、協力しあう関係を構築していく必要があります。

     

    ●平和憲法持つ国への期待/駆け付け警護などは論外

     

    Q 非軍事をうたう憲法は役に立つのでしょうか。その理念は、どう具体化すればいいのでしょうか?

     

     アフガン政府とタリバン勢力の間で、和平の機運が生まれた時期があります。日本はどちらからも恨まれていない。さらに背後にいるイラン、パキスタンとも仲のいい関係をつくっていました。和平を実現するには、絶好の位置にいたのです。

     

    ・日本も紛争当事者に

     

     日本国憲法は、国際紛争を武力によって解決しないとうたっています。その下で日本は紛争当事国の両方に援助してきました。憲法によって中立外交が保障されているからです。

     あのとき、和平の仲介の役割を果たせたのは日本だけだったと思います。結局日本は和平に動きませんでしたが、平和憲法を持つ日本への期待は大きいことを知るべきでしょう。

     今年の秋以降、政府は南スーダンの自衛隊で駆け付け警護や武器使用を可能にしようとしています。

     これまでは、南スーダンとも北のスーダン(スーダン共和国)とも均等に付き合い、民生支援をしてきました。だから、日本は向こうで人気があります。

     ところが、自衛隊が武器を使用したらどうなるでしょうか。武装勢力に拘束された日本人を救出しようと、駆け付け警護に行って武器を使えば、それは「制圧」であり、事実上の交戦になります。日本への国民感情は悪化し、紛争当事者になってしまいます。

     

    ・構造的暴力の除去を

     

     憲法の前文は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とうたい、その手段としての武力の不行使を誓っています。全世界が平和的に共存するという権利の宣言です。貧困、差別、抑圧という紛争の原因(構造的暴力)を除去するため、非軍事で協力するという内容です。

     NGOはこれを精神的な支え、よりどころにしてきました。そういう大切な憲法を、安倍政権はなぜ壊そうとするのか。私は強く抗議したいと思います。