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    インタビュー/〈残業上限の政労使合意〉/月80時間超えは再吟味を/森崎巌全労働委員長

     政府の働き方改革実現会議は3月17日、連合と経団連の合意を踏まえて、残業「上限規制」の内容を決めた。これをどう見たらいいのか、国の労働行政職員でつくる全労働省労働組合(全労働)の森崎巌委員長に話を聞いた。森崎委員長は元労働基準監督官。

     ――政労使が合意した上限規制についての印象は?

     森崎 職場の労使合意で労働時間の上限を定めるという現行制度は、残念ながら十分機能しているとはいえません。その結果、多くの職場で過重労働が横行しています。そういう現状を見たとき、「上限」を法制化することには大きな意味があります。問題は上限時間をどういう水準に設定するのか、その際、上限設定の目的をどう考えるかが重要です。

     

    ●過労死ラインは問題

     

     ――水準と目的をどう考えるべきですか?

     森崎 やはり、大手広告代理店で起きたような、痛ましい過労死・過労自死を繰り返させないことを第一の目的にすべきでしょう。その水準は、最終的には月45時間に持っていくべきですが、いきなり月45時間が難しいなら、過労死ラインを一定程度下回るレベルからスタートして段階的に45時間にすることも考えられます。

     ――政労使合意は月80~100時間を容認。この点をどう見ますか?

     森崎 上限設定の目的を先のように考えた場合、働く者の健康に配慮する使用者の義務と整合させる必要があるのではないでしょうか。再度吟味する必要があります。

     ――上限時間に休日分を含めるのかどうか、議論が混乱していてよく分かりません。

     森崎 80~100時間の上限は過労死の認定基準を援用しているため、法定休日労働分を含む上限になっているのです。一方、年間上限720時間については、従来の36協定の考え方を踏襲しているため、法定休日労働分は別となっています。従来の36協定の定め方を見ると、「月100時間」とは別に「法定休日のうち○○日以内」という協定が多い。政労使合意によれば、こういう定め方はできなくなります。

     

    ●一部に前進面も

     

     ――政労使合意は評価できる点もある?

     森崎 年間で6カ月は月45時間を超えてはいけないと、罰則付きで定めるという点は大きな前進ではないかと思います。また、これまではどんなに長時間働かせても、限度基準を超えた36協定が結ばれ、その協定内に収まっていれば、法違反を問えませんでした。今度から、法令が定める上限を超えれば直ちに違法になるというのは、以前とは大きく異なる点です。

     とはいえ、まだまだ不十分な点、はっきりさせるべき点が多いのも事実。例えば、変形労働時間制を適用している職場の場合です。1年単位変形制だと、1週の上限時間は52時間です。繁忙期に連続した週で当該上限時間を設定すれば、週40時間を超えて働く時間は月50時間近い(週12時間)。これが「法定労働時間」です。ここに上限の月100時間の時間外労働が可能となれば、事実上月150時間近い時間外労働になります。これでいいのかどうか。

     

    ●新たな36協定運動を

     

     ――150時間はひどいですね。

     森崎 常時10人未満の小売事業などには40時間制の特例措置(週44時間)が残っています。ここでも1年単位変形制の場合と同じことが起きます。さらに36協定の適用が除外されている自動車運転業務や建設業などをどうするのか、政労使合意では全く触れられていません。今後開かれる労働政策審議会では、全ての労働者を対象にした対策を検討してほしい。

     その際、労働日ごとの労働時間の把握・記録義務を法定化することも併せて検討すべきです。いくら上限を定めても、労働時間を把握していなければ対処できません。いい加減な使用者の責任逃れを許してしまうのです。

     ――労働組合はどう対処すればいいでしょうか?

     森崎 仮に上限が80~100時間と定められたとしても、労使が時間外労働の上限を主体的に決定する36協定制度は存在します。従って、労働組合はそれを大きく下回る協定を結ぶ運動を巻き起こすことが必要です。未組織職場も多い中小企業にも呼び掛けて、「こんな長すぎる協定を結ぶのはやめよう」という社会運動を提起することも重要です。36協定締結の際の労働者代表らも巻き込んだ運動が求められます。

     

    ●労働法外し拡大の恐れ

     

     ――不十分ながらもこうした上限規制の動きが出てくる背景はなんでしょう?

     森崎 一つは、過労死・過労自死のない社会を求める運動への共感の広がりと、人間らしい働くルール(ワークルール)を求める労働組合の長年の運動が反映していると見ることができます。

     一方、最近の政府内のいろんな検討会の議論経過を見ていると、財界は労働者の2分論、3分論を想定しているように思われます。労働時間の上限が適用されるような労働者、その多くは家庭責任を負う労働者かもしれません。それとは別に、裁量労働制や高度プロフェッショナル制(ホワイトカラーエグゼンプション制)が適用され、労働時間規制に関係なく働くことが前提とされる労働者。さらに雇用関係によらない働き方をする働き手。フランチャイズ店の店長や個人請負など労働法の適用が難しい働かせ方です。

     労働時間の議論でよく「一律規制はなじまない」という意見が出されます。そこで考えられているのは、労働時間規制や労働法が適用されない労働者群を広げていく方向であると見た方がいいのではないでしょうか。