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    インタビュー/首切り自由により近い新案/解雇の金銭解決制/徳住堅治弁護士

     違法解雇でも一定の金銭を支払えば従業員を職場から排除できる、解雇の金銭解決制度。この新たな案を検討してきた厚生労働省の検討会は5月、開始後1年半を経て報告書の取りまとめ作業に入った。検討経過や制度の問題点について、日本労働弁護団会長で、検討会委員でもある徳住堅治弁護士に聞いた。

     

    ●「事前型」に近い

     

     ――検討の経過は?

     規制改革会議から与えられた検討テーマは、解雇後に労働者からの申し立てに限り金銭解決を行う「事後型」の制度。われわれは制度導入には反対だが、法的な問題点は指摘するという立場で議論に参加してきた。

     2003年と05年に検討した案は、原職復帰を求める裁判で解雇無効が確定した時に、使用者が労働者に金銭を支払い、雇用を終了させる――という仕組み。1回目の案は大変時間がかかるということ、2回目の案は、裁判官が解雇無効、金銭支払い、雇用終了の三つの判決を一度に出すのは負担が大きいとして当時の最高裁が反対し、頓挫した。今回も当初この仕組みを検討したが早々に行き詰まった。

     そこで出てきたのが、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を模した案。労働者が賠償金だけを求める仕組みだが、使用者が賠償金を支払えば、なぜ労働契約終了の法的効果が生じるのかの問題をクリアできず、検討対象から外れた。

     次に、労働者が原職復帰を求めずに金銭(解消金)を請求する権利を労働契約法に創設する新たな案が提起された(概念図)。使用者が金銭を支払うと雇用が終了する仕組みだ。

     過去の案と比べて、解雇直後に金銭解決に誘導する点で、「事前型※」に極めて近い。首切り自由により近づくといえる。

     ※事前型…解雇する前に金銭を支払い、雇用を終了させる仕組み。世論の強い反発がある。

     

    ●職場復帰が不可能に 

     

     ――非常に難しい議論がされていました

     新たな案についての具体的な制度設計が議論されてきた。主な論点を挙げると、解消金請求の法的性格をどうするか、裁判外の紛争解決制度での利用を認めるか、解消金請求の意思表示の撤回を認めるか、解消金にバックペイを含めるのか、解消金に上限下限を設けるか――など。組み合わせ次第で制度は全く違うものになる。

     解雇された労働者が「社長、ひどいじゃないか。それなら百万円払え」と言っただけで原職復帰を放棄したとの意思表示をしたことになり、職場復帰を求めることができなくなる仕組みもあり得ることになる。

     

    ●解雇「やり得」に

     

     ――「解消金」に上限下限を設けることが検討されています

     フランスは下限だけを定め、上限はない。しかし、日本では下限を設定することに中小企業経営者は大反対だろう。一方、上限は労働者に極めて不利だ。

     仮に上限を設けると、使用者が「裁判をしても10カ月分しか出ない。裁判では時間も費用もかかる。5カ月分で手を打たないか」と解決金を低く抑え込むことが必ず起きる。

     上限下限を世間相場に基づいて決めるというが、通常、裁判の和解は、退職強要など嫌がらせの程度や、再就職の可能性、会社への貢献度、支払い能力が考慮される。一律に決められるものではない。

     特に中高年は再就職の道がなく、私が関わった50歳上級管理職の事案では貢献度も考慮し、5年分の解決金で和解した。上限があるとこんな高い水準は望めなくなる。最近では妊娠した女性への退職強要などひどい事案も多い。「予見可能性」を理由に上限を設ければ、解雇や嫌がらせの「やり得」になりかねない。

     

    ●使用者に主導権渡る

     

     ――バックペイ(解雇時から復職・和解までの賃金の遡及支払い)への上限設定も検討されています

     極めて危険だ。労働審判が迅速に解決できるのは、バックペイを抑えたいという使用者心理が働くからだ。その心配がなくなれば、使用者は延々と裁判を引き延ばせるようになる。

     「バックペイ欲しさに裁判を引き延ばす労働者がいる」と主張する学者委員もいるが、現実を見ない議論だ。労働者は生活のために再就職しなければならず、その時点でバックペイの加算は止まる。

     「絶対に職場に戻る」という強い覚悟のある人だけが2年、3年と裁判を続けることになるが、解雇撤回を求めて闘う人の権利を抑制することは断じてすべきでない。

     

    ●既存制度の充実を

     

     ――泣き寝入りしがちな中小企業の労働者のため、という推進論もあります

     個別労使紛争が増え「職場には戻りたくないが、金は取りたい」という人が増えた。他方、都道府県労働局のあっせんでは、解決水準が10万円程度にしかならないという問題もある。そこをどうするか。

     迅速に解決できる制度としては、06年に開始した労働審判制度がある。年3500件利用され、平均75日の審理期間で8割の解決率を誇る。解決水準も労働局のあっせんより高い。この制度の充実が現実的だ。

     裁判を利用しやすくすることも必要。裁判費用をまかなえる民間の「権利保険」の普及を検討すべきだろう。

     金銭解決制は法技術上の問題が多く、労働者からの要求もない。一方、「金さえ払えば解雇できる」という風潮を生む懸念もある。今導入を急がなければならない理由はない。