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    合意ないまま労政審で検討へ/解雇の金銭解決制

     解雇の金銭解決の仕組みを話し合ってきた厚生労働省の検討会は5月29日、報告書をまとめた。制度の必要性について、委員の合意が得られていないことを認め、「3論併記」となったが、労働政策審議会での検討を決めた。法制化の動きは新たな段階に入る。

     報告書は「委員のコンセンサスが必ずしも得られたわけではな」いとしながらも、「労働者の多様な救済の選択肢確保等の観点からは一定程度認められ得る」と説明。労政審での検討を決めた。有識者による専門的な検討を加えながら審議するという。

     検討会では、2003年と05年に検討した案や、労働者が原職復帰を求めずに金銭だけを請求する権利を労働契約法に設ける新たな案を検討。報告書はこの新たな案について「さらに検討していくべき課題が多い」と記述した。

     新たな案を採用した場合の制度設計上の各論については、2度の修正により、さらに方向性が曖昧になった。混乱した議論内容を反映した結果だ。

     意見が分かれた課題の中で、解決金に上限などの「基準」を設けることは、反対意見を付記し、維持された。

     「使用者の申し立て」を認めるかどうかについては「現状では容易でない課題があり、今後の検討課題とすることが適当」。今回の検討からは外れた。

     労働側の村上陽子連合総合労働局長は「課題が山積していて技術的に困難。使用者申し立てが将来入る可能性があるだけでなく、解雇法制が大きく崩れる危険がある」と述べ、検討の打ち切りを主張した。

     

    〈解説〉使用者のための緩和だ

     

     誰のための何のための制度か。狙いは、解雇規制に穴を開け、使用者があらかじめ「解雇リスク」を想定できる「予見可能性」を高めることにある。その点で、日本再興戦略(2015年)の筋書き通りに進んでいる。

     日本の解雇規制は戦後、地位確認(原職復帰)を求めた数多くの裁判例の蓄積から法制化されてきた。実際の裁判では、事実関係を検証する中で、判決を得るか、金銭で和解するかが当事者の合意によって決められている。

     報告書の新たな案はこれとは全く違う仕組み。解雇について損害賠償だけを求めた裁判例は少なく、「机上」で新たな制度を生み出す危うさをはらんでいる。各論の制度設計の議論が入り乱れたのも当然だ。設計の仕方次第では解雇規制に大穴を開け、新たなリストラの道具になり得る。

     新たな案を推した委員らは「労働者の選択肢を増やす」と主張する一方、そのほとんどが解決金に上限を設けるべきと主張し、報告書で採用された。どんなにひどい解雇をしても解決金に天井が設けられるのだから、悪質な使用者にとってこれほどおいしい話はない。日本再興戦略がいう「予見可能性」を高めることが、誰のための政策かは明らかである。

     検討会では、増加する個別労使紛争について、2006年にスタートした労働審判制が年間約3500件利用され、十分機能しているとの認識が共有されていた。労動側は、弊害の大きい新たな制度をつくるのではなく、労働審判の一層の周知や充実、裁判へのアクセス向上を訴えたが、顧みられなかった。

     検討会終了後、厚労省の担当官は検討継続への反発が強かったことについて問われ、「閣議決定に沿って進めるだけ」と述べた。戦後70年間積み上げられてきた解雇規制が、政権のトップダウンによる規制緩和で崩されようとしている。