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    〈働く・地方の現場から〉/前川たたきに見る政権の愚/ジャーナリスト 東海林智

     加計学園(岡山市)が国家戦略特区に獣医学部を新設する計画を巡り、文部科学省の前事務次官、前川喜平氏(62)が会見を開き、「総理のご意向」などと書かれたメモの存在を証言した。官僚中の官僚である事務次官の経験者が政府の不正を証言する会見は極めて〃異例〃の出来事だ。

     会見では「赤信号を青信号にさせられた」「黒を白にするようなもの」と、官邸の圧力を記したメモの存在を認め、それを怪文書扱いする政権側を厳しく批判した。極めて異例の会見は、だからこそ、民主主義の危機がそこにあるという重い現実を突きつけた。政策決定の過程を完全に再現できないとか、政策が公正、公平に行われないことが問題にならない国は民主主義国家とは呼べない。

     

    ●都合悪いものは怪文書

     

     そんな重い証言さえも、時の為政者はなかったことにする。政権の主張と食い違うものは全て「怪文書」と決め付ける。文科省の天下り問題で「(次官の)地位に恋々とした」「出会い系バーに入り浸るような人間だ」と、大手マスコミをも利用し個人攻撃を繰り返す。個人攻撃はしても、事実関係での反論は一切しない。そうした一連の官邸の動きは、前川氏が会見で語った「黒を白にする」を証明するようなものだ。

     出会い系バーに関して、会見で前川氏は「貧困の実態を知るために行った」と語った。ワイドショーでは御用コメンテーターが待ってましたとばかりに、「言い訳がましい」「証言の信用性が薄れた」とはやしたてた。しかし、本来、今回の「総理の意向」とは一切関係のない話。違法ではない出会い系バーに平日の勤務後に行くことがそんなに不道徳なのか。目的は、女性の貧困の側面を知るためだとも言っている。

     「言い訳がましい」との批判も分からなくはない。だが、貧困の実相を知るためにはさまざまなアプローチが必要だ。政治家や官僚は貧困の実態を知るためにどのようなことをしているのか。長年、貧困の現場を取材してきたが、貧困の現場を深く知ろうとした自民党の議員や官僚を現場で見たことはない。

     

    ●現場主義の官僚もいる

     

     こんな場面を覚えている。東海地方の児童養護施設を与党の国会議員が視察に訪れた。育児放棄で施設に預けられた子どもの頭をなでると、「負けちゃいけない」と引き連れたメディアに向けにっこりポーズ、そそくさと車に乗り込み帰った。育児放棄した母親も児童養護施設で育ち、低収入の非正規で働いていることなど貧困の連鎖を説明する予定だった施設長は肩を落とした。施設のそばには、野宿者のブルーテントがいくつもあった。もちろん一瞥(いちべつ)もすることなく、車は走り去った。

     現場を見ず、不都合な事実に目をつぶろうとする官僚や政治家の典型的なケースだ。そうした頭でいる限り、「貧困の実態を知るために」とする言葉も、中傷の的にしかならないのだろう。前川氏の肩を持ちすぎだと言う人もいるかも知れない。だが、私は彼が現場と実態を大事にする人だと知っている。埼玉県川口市の自主夜間中学の公立化で前川氏は大きな役割を果たしている。川口の自主夜中は、私が新聞記者になりたての1988年ごろには「すべての人に教育を」と活動していた。けれど、長い間阻まれてきた公立化の扉。彼は官僚として現場に出向き、運動を後押しし、公立化への道を拓いた。

     現場から実態を見て、考える。そこから一番遠い安倍政権。現場主義の官僚が鳴らす非常ベルにきちんと反応したい。