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    〈インタビュー/AIは労働者を幸せにするのか〉番外編・下/働く者の味方につける発想を/東京大学教養学部特任講師 江間有沙さん

     Q AIの職場進出で仕事を奪われるという議論があります。

     

     江間 多くの場合、無くなるのは仕事ではないと思います。仕事を細分化したタスク(作業)のうちの、いくつかがロボットやAIに置き換えられる現象が進んでいくと思います。

     例えばテーマパークのハウステンボス(長崎県佐世保市)にある「変なホテル」※はロボットを導入したことで知られていますが、現在、掃除という一つの仕事を、客室と廊下でタスク分けし、人間とロボットが分担しています。

     客室は髪の毛一本が落ちていても駄目なので人間が掃除を受け持つが、廊下などの共用部は掃除ロボットが担当しているそうです。こうしたタスク分担がさまざまな職場で起きてくることが予想されます。

     また、たとえロボットの性能が向上して髪の毛一本も見逃さないようになっても、ロボットを管理したりメンテナンスしたりというタスクは残ります。そのように考えると、将来的に「掃除」とは自分の手で片づけたりゴミを除去するのではなく、掃除ロボットをメンテナンスしたり、掃除の指示を出すことを意味するように変わるかもしれません。

    ※「変わり続けることを約束する」というコンセプトのホテル。「世界初のロボットホテル」としてギネス認定されている。

     

     Q どんなタスクがAIに置き換えられていくのでしょうか?

     

     江間 いまクローズアップされているAIには、検索や識別に優れたものや、学習できる技術が出てきています。これらに関わるタスクは、AIをうまく使っていく方向になるでしょう。ただし、実際に特定の職場に入ってくる際には、AIによって何を目指すのかという目的や経営方針によって、使われ方が異なってくるはずです。

     AIではなくロボットの事例ですが、「変なホテル」を例にとると、会社がロボットを導入した目的は、生産性の向上。掃除だけではなく、受付などお客さん対応もロボットが担って、人間は裏方に回ります。エンターテインメントロボットなども導入されているので、ロボット好きにはわくわくする「おもてなし」でしょう。

     一方、石川県七尾市の老舗旅館「加賀屋」もロボットを導入していますが、従業員がお客さん対応に集中できるようにしたり、料理搬送などの負担を減らしたりするのが目的。ですから、ロボットは各階の配膳室への料理搬送などバックヤードを担当し、表には出てこないそうです。

     同じ宿泊業へのロボット導入ですが、使い方は異なります。また、そこで使われている「ロボット」も同じものではありません。AIやロボットを仕事場に導入するときは、どのような価値を従業員や顧客に提供したいのかという目的がまずあって、そのためにはどのようなAIやロボットを導入するべきかを考える必要があります。

     なんでもいいからはやっているAIやロボットを使いたいという技術ありきの導入や、他社がやっているからうちもという考え方ではうまくいかないのでは、と思います。

     

     Q AIと一緒に仕事をすることに伴う、労働者への影響は?

     

     江間 情報技術の進展と普及のスピードは速くなってきています。先ほど「掃除の概念が変わるかも」という話をしましたが、同じ会社、同じ仕事場にいても業務内容や求められる内容や能力が変わってくるかもしれません。

     例えば、プロ棋士の方々は、AIではなく人間ができること、あるいはAIと人間が一緒だからこそできることは何かを、どの職業よりも最前線で真剣に考えてらっしゃる方たちだと思います。

     「どういう影響が生じるか」は一概にはいえず、会社のミッションや業種内容などによってさまざまであると思いますが、いずれにせよ、自分たちのやるべきことは何か、できることは何かというのを一人一人が真剣に考えなければならなくなると思います。

     IT導入によってすでに起きている問題にも注目しなければなりません。例えば、会社が安全・安心、あるいは効率化のために個人の居場所を常に監視することによるプライバシーの侵害や、ITへの依存や過信が問題としてあります。AI導入により、こうした問題が深刻化することは否定できません。

     

     Q 労働者がそれに対抗するのは難しい面もあります。

     

     江間 AIに限りませんが、職場に新しい技術や制度が導入される際に「嫌だ」と個々の労働者が言える社会でなければ、働く現場はどんどん息苦しくなってしまうのではないでしょうか。こうした声を上げたときに「個人のわがまま」と切り捨てるのではなく、なぜ「嫌だ」や「不愉快だ」と感じるのかを言語化していくのは、私たち人文・社会科学者の役割だと考えています。

     問題は技術ではなくて産業構造や社会制度、人間関係に根差すものかもしれず、技術と社会の相互作用に着目して問題の本質を見極める必要があります。

     AIが入ってきたから働き方が良くなる、あるいは悪くなるという「技術決定論」的な捉え方ではなく、新しいものが入ってきたときにこそ、今までの仕事の在り方や制度、人間関係などを見直す機会となるはずです。

     私たちの生活や仕事に深く関係しているITだからこそ、私たちが今後どのような社会を作っていきたいのか、あるいはどのような仕事に価値を置いているのかをあらためて考え、創造的に提案していくきっかけになると思います。