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    〈インタビュー/AIは労働者を幸せにするのか〉番外編・上/IT社会の延長線上で考えよう/東京大学教養学部特任講師 江間有沙さん

     急ピッチで進むと予想される人工知能(AI)の活用は、働く現場や生活の場にどのような影響を与えていくのだろうか。人工知能学会倫理委員会の委員を務める東京大学教養学部附属教養教育高度化機構特任講師(科学技術インタープリター養成部門)の江間有沙さんに話を聞いた。

     

     Q AIが社会に与える影響について、悲観論から楽観論まで幅広い議論が出されています。

     

     江間 「AIが社会問題を作り出す」という見方と、「AIが社会問題を解決する」という見方があります。どちらを取るのかによって、影響の捉え方も違ってきます。前者の立場だと悲観論、後者だと楽観論になるかと思います。比重の違いこそあれ、多くの人は両方の視点が混在しているので、懸念されるだろう論点をできるだけ事前に想定しておきながら、AIを推進していこうというのが近年の動向です。

     ではそこで懸念される論点は何かということですが、私自身は「AIで議論すべき倫理的、社会的、法的な論点は、従来のIT(情報技術)によって発生してきた諸問題と切り離すべきではない」という立場です。もちろんAIの発展によって、「機械が下した判断の責任は誰がとるのか」など新たに生じる問題もありますが、議論し残している論点も山積みです。情報技術が社会に浸透して以降、例えばプライバシーの侵害、情報の流出、あるいはIT依存などが問題になってきました。現在、AIにより予想される影響の多くも、これらの延長線上にあります。

     今AIと呼ばれるものも昔は「IT」として扱われていました。われわれが今日常で使っている検索技術は、ITでありAIでもあるのです。AIは全く新しい技術だからと過剰に恐れず、まずはこれまで積み重ねてきた議論や成果を踏まえながら向き合っていくべきだと思います。

     

     Q 働く現場への影響についても同じでしょうか?

     

     江間 AIに限らず、現場の人たちが使いにくい、あるいは信頼できない技術というのは、たとえ導入されても定着しません。80~90年代にパソコンが職場に入ってきた際、「パソコンを使えない人間はどうするんだ」という議論が起きました。でも、今では皆さんが仕事でインターネット検索をしたりソフトで文書作成をしたりしています。インターネットがなかった時代には、どのように探し物をしていたのかがわからないという人、思い出せない人も多いでしょう。

     AIが職場に入ってくることによる影響も、当時の問題とそんなにかけ離れているわけではないと思います。便利であれば使う、あるいは「知らないうちに気づいたら便利になっている」ことのほうが多いと思います。文字だけであった検索がいつの間にか画像や動画、音声なども検索できるようになっています。ITの延長上で、いわゆる「AI」を使って仕事をすることが当たり前になると考えています。

     ただ、その際に注意したいのはAIへの過信です。AI開発の技術者が実はこの点を一番心配しています。自動車の運転や医療など、判断を間違えれば命に関わる仕事が数多くあります。AIを使う際には、一定の信頼がないと使えないのも事実ですが、すべてを任せるのではなく、少なくとも「AIも間違える」という前提で、トラブルの際の対応を準備しておくことが必要になるでしょう。

     

     Q 労働者がAIを使いこなす際の課題は?

     

     江間 私たちはパソコンや携帯電話の技術的な仕組みを理解しないまま使いこなしています。こうした方向を目指して、AIも音声での指示が可能だったり、直感的なインターフェイスが用意されたりと、その仕組みを理解していなくても使えるような研究がおこなわれています。ただし、一定の勉強が必要になるケースも少なくないでしょう。

     例えば自動車の運転。すでに自動ブレーキや自動ハンドル操作を搭載した車が普及し始めていますが、その使い方を教習所では習っていない人たちが購入しています。安全のための装置なのに、それを過信したが故の事故も起きています。あるいは逆に機能を知らないから使わないこともあるかもしれません。「完全に運転を任せられる自動運転車」ではなく移行期の技術だからこそ、何ができて何ができないのかを知る必要があります。そのため、運転時に注意することを知るためにドライバーが再教育を受けられる場は必要となるはずです。あるいは、自動運転車そのものが、教えてくれるということにもなるのかもしれませんが。

     ただし、導入されるAIの内容、職種や値段、利用者のやる気や能力などによっては、「使えない」「使いたくない」「使いこなせない」という人が出てくるはずです。そうした場合のセーフティーネットを社会が用意しておくことは、今後の課題です。