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    〈インタビュー〉労働時間政策として拙劣/働き方改革実行計画・上/野田進九州大学名誉教授

     政府は秋の臨時国会で、残業上限規制を定める労働基準法改正案の成立を目指している。「労働基準法70年の一大改革」とも一部で言われているが、上限は過労死認定基準の水準。福岡県労働委員会前会長の野田進九州大学名誉教授は「労働時間政策としては拙劣」と批判する。

     ――働き方改革実行計画の上限規制は改善であると評価できますか?

     改善というにはあまりにマイナス面が多い。「単月100時間未満」「2~6カ月平均80時間以内」という上限は、脳・心臓疾患の労災認定基準をほぼコピーしたもの。その辺に転がっている数字を使ったような間に合わせの作文です。

     この基準を上限とすることに、理論的で説得的な根拠は見当たりません。労災が起きた後にどう補償するかという基準であり、病気になってもおかしくない水準。時間外労働の上限とは全く無関係です。

     特に問題なのは、時間外労働の上限を過労死認定基準に合わせることによって、脳・心臓疾患との関連性が強くなるまで働かせても罰則は課されないということが明確になることです。使用者は安心して過労死水準まで働かせることができるようになるでしょう。長時間労働を助長するものであり、逆効果です。

     最近では、月45時間を超える時間外労働の合意に対し「公序良俗に反し無効」の判決が出されています。こうした司法判断の芽を摘んでしまうことや、議論を提起することもできなくなると懸念されます。

     私は今回の上限規制について、高速道路で200キロのスピード違反に罰則を設けるようなものだと言っています。異常な危険運転は止められても、普通の高速運転の規制にはならないでしょう。ヨーロッパ並みにとまでは言いませんが、それにしてもこんな長時間の規制は、国際的に見ても恥ずかしい。労働時間政策として拙劣です。

     フランスは週35時間労動で、週の時間外労働の上限は13時間、4週だと52時間です。わりと柔軟な規制ですが、「1日の労働時間(時間外労働を含む)の上限は10時間」という規制が、健康や生活を守るうえで、大きな役割を果たしています。一方で、日本政府の「働き方改革実行計画」には1日単位の上限規制はありません。

     ――勤務間インターバル制度の導入は努力義務にとどめられました

     勤務間インターバル制度(休息時間保障)が義務付けられれば、労基法70年の一大改革といえるかもしれません。労働時間を裏(休息時間)から規制する。差し当たり、休息時間が9時間でも10時間でも導入すべきです。

     長時間労働による健康破壊には睡眠不足が大きく影響します。帰宅して眠る時間を確保することが欠かせません。改革の成否はここにあります。しかし、残念ながら、アリバイ的に盛り込んだだけのようです。

     併せて、休日や休息中に上司や同僚からのメール、電話のアクセスを遮断できるようにすることも必要です。

     ――高度プロフェッショナル制度の導入や企画型裁量労働制の拡大を盛り込んだ法案と、上限規制を定める法案が一括法案にされる見通しです

     アクセルとブレーキを同時に踏むようなものです。抱き合わせにできるものではありません。一体どういう労働者像を描いているのかと思います。方向性がちぐはぐです。

     最も長時間労働規制が必要な人々が、時間外労働の規制の対象から外れることになる。これには反対しなければなりません。