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    〈働く・地方の現場から〉ギリギリ踏みとどまった連合/ジャーナリスト 東海林智

     「私たちを見捨てないでください」

     仕事帰りに連合本部前(東京・千代田区)での抗議行動に駆けつけたという、非正規労働者の男性。夕闇の本部前で、今にも泣き出しそうだった。それでも、声を振り絞って訴えた。7月19日のことだ。

     連合本部前の彼ら、彼女らは、専門職で年収の高い人を労働時間規制から除外する「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」(残業代ゼロ制度)を、条件付きで「容認」に〃転向〃した連合に抗議するために集まった。数十人で始まった抗議活動は、時間ととともに参加者が増え続け、最後には100人を大きく超えた。経団連や国会、厚労省前ならともかく、労働組合に労働者が押しかけて抗議するのは異例の出来事ではないだろうか。多くの働く者には、働く者の味方である連合の〃変節〃はショックだったことがうかがえる。

     

    ●非正規も厳しい目

     

     東京だけの話ではない。現在、私が働いている新潟でも、働く者は強く反応していた。最低賃金の取材で、ファストフード店で働いている非正規の若者(24)に話を聞いていると、この男性は「連合は何であんなみっともないことをするんですか?」と問いかけてきた。大変失礼だが、ちょっと意外な感じがした。なぜそう思うか聞くと、彼は最賃の引き上げに関心があり、連合や全労連のホームページをよく見ていたという。

     その中で『今すぐ時給1000円』『1500円を目指す』などの要求があった。そこには『残業代ゼロ制度に反対』との主張もあった。労働組合に入ったことはなかったが、頼もしく思ったという。男性は「労働者の命を守ると反対していたのに、簡単に考えを変えるようでは、最賃引き上げや格差是正もきれい事に思える」と不審の目を向けたのだ。

     非正規の彼ばかりではない。官公労や民間の連合加盟の組合員からも「恥ずかしい」「今度ばかりはがまんならない」と厳しい声が出ていた。これまで連合傘下の労組の話を聞いていても、正面からの連合批判を聞くことはほとんどなかっただけに、常ならざる事が起きていると感じた。

     

    ●労働者の代表として

     

     この問題で、連合の主張は分かりづらかった。神津里季生会長は「(残業代ゼロ)制度が必要ないという考えは変わっていない」と繰り返し主張している。しかし、健康確保措置など制度の修正を求めた時点で、制度を認めたことになる。必要ない制度は「必要ない」と言い続けるしかない。必要ないのだから妥協の余地はないのだ。そこをひっくり返しては、誰からも信用されない。

     厳しい仲間の声が届いたのか、連合は〃容認〃の方針を撤回した。ギリギリのところで踏みとどまった形だ。1期で退任するともいわれていた神津会長は、2期目に挑むという。政府、経団連からは「連合は決められない組織だ」と言われ、メンツも失っただろう。しかし、神津会長は、批判の声を聞き、泥をかぶってでも踏みとどまった。一連の混乱の責任はあるとしても、踏みとどまる決断もまた、行った。

     冒頭の悲痛な声。同じ声を2008年にも聞いた。製造業務派遣で切られた派遣労働者が「私たちを見捨てないでくれ、正月を迎えさせてくれ」と日比谷公園の集会で訴えた。その年の瀬、潮流を超え、労組、市民が派遣村を作り労働者を守った。連合は「労働者を代表する」と言いながら労働者に背を向けるのか、共に闘うのか、それが問われている。