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    〈働く・地方の現場から〉真夜中の労働学校/ジャーナリスト 東海林智

     「これ、真夜中の労働学校っすね」

     新潟県に異動して1年。この間、知り合った大学生(21)と夜中に労働法や労働問題の議論をするようになった。冒頭の言葉は、この大学生が〃勉強中〃に思わずもらしたもの。若い子が労働学校という言葉を使うのに少々驚いて、「なんでそんな言葉知ってんの」と聞くと、「『キューポラのある街』かな、何か昔の映画で見ました」と答え、続けて「ヒロイン(の吉永小百合)ほどではないですけど、僕も苦学生っすから」と笑った。

     

    ●休憩時間を獲得

     

     彼と知り合ったのも真夜中。たまたま入った居酒屋で、ひどく疲れた様子で働いていた。見渡すと、20卓ほどの広い店で、店員は2人、キッチンにも1人しかいないようだった。

     2日後、居酒屋そばのラーメン屋で会った。彼は大学生のアルバイト。4時間勤務で始めたが、人手不足もあって午後6時から翌日午前3時まで9時間勤務になり、疲れ果てていた。勤務の間、10分の休憩が5回あるだけ。「まとまった休憩じゃないし、そもそも60分ない。労働基準法違反だよ」と指摘すると、「知らなかった。うちはブラック企業ですか」と目を丸くした。労基法の基本を教え、いくつかの解決策を教えた。

     労基法の解説で力を得た彼は、おそるおそる、店長に休憩時間の違法性を訴えた。店長は「法律違反なの?」とびっくり。彼が詳しく説明すると、会社にかけ合ってくれ、30分の休憩が2回に変わった。そして、もう一つ、これまで取っていなかった休憩時間分の約7万円を補償させた。まさかの〃満額回答〃に少々驚き、彼の了解を得て、店長と会社に話を聞いた。両者は匿名を条件に、今回の勤務改善の経緯を話してくれた。

     

    ●バイトは貴重な労働力

     

     両者の話は「貴重な労働力だから」で共通した。会社は「飲食業界はバイトに頼るところ大で、バイトなしでは成り立たない。違法に使っているなんて噂(うわさ)が流れ、バイトにそっぽを向かれたら成り立たない」。店長も「仕事のできるバイトを失いたくなかった」と話す。厳しい労働力事情が浮かぶ。彼は言う。「でも、黙っていたら変わらなかった。主張するのは大事だ」。真夜中の〃労使交渉〃に納得顔だった。

     彼は、学費、生活費のほとんどをアルバイト代でまかなっている。バイトに入るのは週3~4回で、月15~16万円の収入になる。自分がいかに働くルールを知らなかったのかを痛感したといい、「暇な時にいろいろ教えてください」と頼まれた。彼の仕事終わりに、働くルールをつまみに、勉強会とも飲み会ともいえる〃労働学校〃を重ねている。「ちょっと不まじめっすかね」と言うので、「労働組合も英国のパブから生まれたから、由緒正しい学習法だよ」と返すと、うれしそうに笑う。

     

    ●未来を信じられるか

     

     何度か〃学校〃を重ねる中、彼は再び「キューポラのある街」を話題にした。この映画が大好きなんだという。「苦学していても、明るい未来が信じられる映画じゃないですか。そこがたまらなく好き」と言う。逆に言えば、同じように苦学している彼には、この国の明るい未来が見えないということだろう。

     「1人が5歩進むより、10人が1歩ずつでも前に進む方が大事なの」。この映画での吉永小百合のセリフだ。彼に「未来を信じられる」と思わせる力は、意外とこんな所にあるのかもしれない。