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    「この理不尽には屈しない」/原発避難者の長谷川克己さん

     さようなら原発集会(3月21日、都内)では、福島県郡山市から静岡県に「自主避難」した長谷川克己さんが発言した。訴えの要旨を紹介する。

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     2011年8月、妊娠中の妻と子どもの3人で避難し、今は4人で暮らしている。この7年間は理不尽の連続だった。このまま理不尽に屈するわけにはいかないとの思いから、以前は考えもしなかった市民運動に参加している。

     なぜ、避難指示が原発から半径30キロなのか、なぜ年間線量20ミリシーベルトまでが安全なのか、なぜ子どもや妊婦を避難させなかったのか、なぜ線量の高い地域に帰宅を促すのか――などの理不尽である。

     私は避難前、昼も夜も各地で放射線量を測り、家族で話し合った。「この国と県の行政は信用できない。自分たちで判断しよう」と決め、その結果がふるさとを離れることだった。

     つらく、子どもたちには申し訳ないことだった。私は会社とPTA会長を辞め、友人らに別れを告げた。

     この理不尽にけじめをつけなければならないと決意した。国と県の態度は、まるで原発事故などなかったと錯覚させるようなことばかり。一方、子どもたちへの放射線被害などを含め、私たちの中にも事故をなかったことにしたい気持ちがあるのではないかとも思っている。

     声を上げれば波風が立つけれど、それでもやらなければならないことはある。