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    〈最賃千円時代の特定最賃〉(8)/立ちふさがる業界の壁/トラック最賃・下

     運輸労連は12~13年前、全国で産別最賃(特定最賃の前身の制度)新設に取り組んだことがある。物流規制緩和の弊害が著しく表れたこと、高知のトラック最賃への攻撃が強まったことが理由だ。

     東京をはじめ、大阪、秋田、岩手、山形、新潟、長野、大分を重点県に設定。2005年、1都3県で新設の意向を表明し、東北3県で審議に進んだが、使用者側の理解が得られず、実現には至らなかった。

     当時、運輸労連本部で新設に取り組んだ高松伸幸交運労協事務局長は「過度な過当競争の抑止が狙いだった。収入が他産業よりも高ければいいが、運輸は6掛け、7掛けの世界。何とかルールを定め、悪循環を断ち切らなければならないと考えた」と話す。

     しかし、審議では公益委員の理解を得ながらも、使用者側の強い反対に遭遇する。新設には使用者側委員を含む全会一致の賛同が必要。経団連が産別最賃廃止を掲げ続ける中、蟻の一穴とはならなかった。

     あれから12年。トラック運送業界は人手不足と長時間労働の悪循環にはまり込んでいる。もし産別最賃ができていたらどうなっていたか。高松氏は「間違いなく状況は異なっていただろう。ある程度、悪質なダンピングに歯止めをかけることができたのではないか」と話す。

     

    ●社会インフラなのに

     

     高知には全国で唯一、一般貨物運送(大型)の特定最賃がある。金額は910円。地域別最賃の737円と比べ200円近く高い。バブル期の1989年に現在の形に設定された。規制緩和前で年収が伸びていた時期でもあった。

     運輸労連四国地連・高知県協議会の山崎康成事務局長は「経営者は特定最賃を意識する。そのため高知の運輸業の賃金は近隣県と比べて高い。特定最賃は間違いなく、賃金低下への歯止めの役割を果たしている」と制度の機能を指摘する。厚生労働省の17年版賃金センサスによると、営業用大型貨物自動車運転者の所定内賃金は近隣県と比べて高い(表)。同県の他の業種が近隣県よりおしなべて低いのとは対照的だ。

     その後、規制緩和で事業環境が悪化し、業界側は特定最賃に反発を強めた。使用者側の反対により、98年度を最後に全く改定できていない。自家用貨物運送の最賃は17年度改定でついに地賃適用となった。

     同事務局長は言う。「大震災などの災害時、命を守る社会インフラとして機能するのが物流。コンビニやスーパーの棚に食料品や生活用品が届けられなくなる事態を避けるためにも、人材の確保が絶対に必要だ。荷主の言いなりになりがちな業界だからこそ、公正競争を確立し、産業の賃金の底上げ・底支えをする必要がある」

     2000年代の規制緩和では広域の事業も可能になった。近隣県からの参入だけでなく、四国・本州間に橋が架かったことで、今では本州からの参入もあるという。特定最賃はより広域の設定が理想的――と話す。

     

    ●政府、国の役割とは

     

     物流規制緩和以後の30年間は、荷主の力が圧倒的に強い運輸業を市場競争に委ねると、運賃も賃金も値崩れしてしまうことを実証した。

     疲弊した産業の立て直しには、実効ある経済規制と社会規制(最賃)の両輪が求められる。

     15年に派遣法改正と並行して成立した職務待遇確保法の付帯決議では「特定最賃の活用について検討を行う」という項目が盛り込まれた。しかし、国会での約束事は完全に反故(ほご)にされてしまっている。

     政府や国がすべきは、一過性の賃上げ要請などではなく、業界の秩序を回復し働き手が安心して働き続けられる仕組みづくりではないだろうか(おわり)。