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    インタビュー/〈どう見る改憲策動〉上/首相はまだまだやる気だ/渡辺治一橋大学名誉教授

     安倍首相は9条を中心とする改憲に意欲を示してきた。事態はその方向にまっすぐ進んでいるとは言えないが、改憲を諦めたとも思えない。「安倍改憲」の動きをどう見たらいいのか――渡辺治一橋大学名誉教授に話を聞いた。

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     2017年5月に新たな改憲案を発表し「2020年に新憲法施行を」と訴えた時、安倍首相は18年中に発議して国民投票に持ち込もうともくろんでいた。19年は天皇の代替わりや7月の参院選があるから「その前に」というのが理由だった。

     市民と野党の共闘が進む下では、選挙をすると3分の2の確保は難しい、衆参で3分の2の議席があるうちにけりをつけようとした。そのため、公明党などへの配慮から9条2項を残して自衛隊を明記するという、異例の改憲案もつくった。

     ところがその後、このもくろみは後退を余儀なくされた。一つは改憲反対の運動の高揚だ。市民と野党の共闘を支える総がかり行動実行委員会と九条の会が合流して改憲反対の「市民アクション」を結成。3000万署名を提起し、世論に一定の影響を与えている。もう一つは、モリカケ疑惑や自衛隊の日報隠しなどの不祥事が相次ぎ、野党の抵抗で、国会では発議どころか、憲法審査会で改憲案の審議にすら入れない状況が続いたことだ。

     

    ●「違憲性」払拭が悲願

     

     こうした状況を見て、気の早いマスコミは「改憲はもう無理」という見方に傾いている。しかし、私はそうは思わない。安倍首相はやる気をなくしていない。首相の望む軍事大国の完成のためには、9条改憲が不可欠だからだ。

     安倍政権は当初、困難な明文改憲を避け、解釈改憲で目標達成を企んだ。従来の憲法解釈を変えて集団的自衛権行使を可能とし、戦争法と呼ばれる安保法を強行採決。自衛隊を海外に派兵できる体制をつくった。つくったはずだったが、やはり9条を残したままでは、めざす軍事大国化や米軍と一体で海外展開する活動は容易ではないと気付く。南スーダンに自衛隊を派遣してみたが何もできずに帰るしかなかったし、安保法の違憲性や、海外で戦争する自衛隊の違憲を問う裁判が全国に広がる事態になっている。

     例えば今、シリアの紛争などに自衛隊部隊を送れるかといえば、多分無理だろう。9条が生きている現状では、安倍首相のもくろみは完結しない。常に違憲性の影におびえることになる。

     安保法や自衛隊の海外派兵について何がなんでも合憲性を確保しなければならない――首相はあらためて、そう自覚するようになったのだと思う。改憲は安倍首相のレガシーづくりといった、個人の思いだけで進めているわけではない。日米支配層にとって焦眉の課題になっているということだ。

     

    〈どう見る改憲策動〉下/安倍政治に代わる選択肢を/渡辺治一橋大学名誉教授

     安倍首相は今、どんな戦略を描いているだろうか。私は(1)6月下旬までの通常国会会期中に、最低でも憲法審査会に自民党改憲4項目をかける(2)参院選で与党プラス維新が3分の2を確保して大勝する――ことを狙っていると思う。

     憲法審査会では結論を出す必要はなく、自民党案を「頭出し」しておきさえすればいい。3分の2を取れれば、秋の臨時国会ですぐ審議に入れるし、改憲案も公明や維新と協議して合意できるよう修正する。

     参院選で大勝すれば、今は改憲に消極的な公明党も豹変(ひょうへん)し積極的になる。

     その上で2020年通常国会の早い段階で改憲発議に持ち込み、国会会期中か終了後の7月に国民投票実施という筋書きなのではないか。

     従って、改憲を阻止するために私たちには二つのことが不可欠だ。(1)今通常国会で絶対に憲法審議に入らせないこと(2)参院選で彼らに3分の2を取らせないこと――である。そのためには市民と野党の共闘、野党共闘の単なる維持にとどまらず、一層の強化が必要になっている。

     

    ●草の根で力関係変える

     

     参院選の勝敗を決するのは32ある1人区だ。参院で与党が3分の2を占めることができているのは、2013年選挙で自民党が当時31の1人区で29勝し、65議席を確保したためだ。

     この時の議員が今年改選になるが、与党が13年のように大勝するのは容易でない。15年に戦争法反対で市民と野党の共闘が結成され、前回の16年選挙では戦後初の野党選挙共闘が32の1人区で成立し、野党統一候補が11勝した。今回も仮に野党共闘が11勝すれば、与党の3分の2を覆すことは十分可能だ。

     とはいえ、市民と野党の側は「前回並みに闘えば大丈夫」と安心してはいけない。安保法が強行され、安倍政権を倒すために死に物狂いで闘った16年選挙とは状況が違っているからだ。安倍政治に対する怒りと不信は一層鬱積(うっせき)しているが、安倍政権の支持率は下がっていない。安倍政権の個々の政策には全て反対が多数なのに、政権は一定レベルの支持率を維持しているところに秘密がある。野党共闘が、安倍政治に代わる選択肢をはっきり示せていない結果の「仕方のない支持」だ。

     だから、参院選で与党の3分の2を阻止するには、安倍政治に代わる政治と政権を目指した政策合意をつくる必要がある。

     市民や労働者の運動が野党に働きかけ、勇気を与えることができるかどうか。当面、改憲阻止の3000万署名や5月3日の憲法集会を全国で大きく盛り上げて野党を励まし、共通政策づくりを含めて野党共闘を前進させる取り組みが重要だ。地域の草の根の運動で力関係を変えられるかどうかが勝負の分かれ目になるだろう。

     

    〈プロフィール〉

     わたなべ・おさむ 1947年生まれ。専門は政治学、日本政治史。著書に『戦後史のなかの安倍改憲』(2018年、新日本出版社)などがある。