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    労働時評/賃金水準をどう上げるか/個別賃金方式の課題

     連合は「春闘の形を再構築する」として、今春闘で賃金の「上げ幅」から「水準」に転換する足がかりをつけようとした。だが、個別賃金の妥結水準を含め課題を残した。運動の現状と課題に焦点を当てた。

     

    ●個別賃金の類型と意義

     

     個別賃金とは労働者の年齢、勤続、職種、学歴など同一銘柄で賃金を比較し、社会横断的に賃金水準を決定するシステムだ。

     類型としては、「標準労働者賃金」「職種・技能ポイント賃金」「年齢別ポイント賃金」「一人前労働者賃金」「年齢別最低保障賃金」「産別最低賃金」など。要求方式には賃金水準と上げ幅がある。個別賃金でも「上げ幅」が重要となる。

     一方、平均賃金は年齢、勤続年数などの差異が捨象され、同一銘柄の賃金格差は分からず、厳密な賃金比較はできない。水準が決まる配分は総額原資の決定後だ。個別賃金はそうした平均賃金方式の欠陥を是正する賃金闘争でもある。

     

    ●取り組む組合が少ない

     

     個別賃金の運動は、歴史的には第3期に当たるといえる。第1期は73年から鉄鋼労連(現・基幹労連)が導入した「標準労働者賃金」(高卒35歳・勤続17年)、第2期は95年から電機連合が導入し、連合も95年から平均賃金に加え、標準労働者の個別賃金を併用している。

     第3期の今回は中小の格差是正を重視し、職種と年齢、規模、地域など13銘柄で、20・2万円から31・2万円の水準を例示。さらに各産別は産業ごとに個別銘柄の最低到達水準と到達目標水準を設定するなど複雑である。

     個別賃金に取り組む産別は連合集計で電機、JAM、電力総連など10産別にとどまる。35歳のベア要求は251組合の平均で7615円(2・88%)。その回答(4月3日)は85組合の平均で1549円(0・56%)となり昨年比39円の減である。

     個別、平均回答の関連について連合の神津里季生会長は「謙虚に分析したい」と述べ、個別賃金で要求する産別数の拡大も今後の課題としている。

     

    ●各産別の現状

     

     各産別は「標準労働者賃金」「年齢別ポイント賃金」「最低賃金」の設定が多い。

     取り組みが最も進んでいるのは電機連合だ。約320組合のうち約8割が個別賃金方式で要求している。

     電機は07年から銘柄を職種別スキルレベルに変更。開発設計職の「レベル4」(約30歳)で、基本給35万円を目標基準としている。野中孝泰委員長は「産別労使交渉を軸に個別賃金の統一闘争で春闘の社会的相場を形成する」と語り、中小を含め産別内の8割以上に波及させている。

     JAMの個別賃金の最大の特徴は組合員賃金の全数調査(約23万人)で賃金分布図を作成し、標準労働者、年齢別一人前ミニマム、年齢別最低賃金を設定。回答(4月2日)は74組合の平均で2220円。全体の平均賃上げ(392組合)の1538円を上回っている。安河内賢弘会長は「個別賃金でも実質賃金獲得をめざす」と語る。

     集計方法の違いから連合登録にはないが、自動車総連は平均賃金より個別賃金を前面に掲げた。銘柄は従来の中堅技能職(35歳程度)に加え、新たに30歳程度を新設。要求組合数は従来の約500組合から約640組合へ28%増加した。問題は回答水準の非公開や回答引き出し組合が2桁と少ないことだ。高倉明会長は「労使とも個別賃金重視へ発想の転換を」と語る。

     UAゼンセンは賃金水準と平均賃金を併用して産別要求を設定。さらに複合産別として流通、製造、総合など部門別、業種別に引き上げ要求を決めている。要求根拠として大手を含め実質国内総生産(GDP)と物価分の確保を挙げている。

     JEC連合は産別ミニマム基準と年齢別ポイント賃金を設定し、初めて賃金水準を追求することとした。基幹労連は産別では平均方式だが、鉄鋼などは個別賃金である。

     全労連では医労連などが平均賃金と年齢別ポイント賃金で要求している。

     

    ●検討課題は山積み

     

     連合は産別を含む賃金水準検討プロジェクトで個別賃金などについて検討する方向だ。

     取り組む産別・単組の増加と水準引き上げが最大課題となる。個別賃金に取り組んでいるのは、連合46産別のうち10産別に過ぎず、平均と個別賃金の併用が多い。平均賃上げ方式で回答を受ける2276組合に対し、個別賃金回答は313組合にとどまる。

     春闘改革として連合は上げ幅より水準重視の方向だが、組合のベア獲得と波及を追求すべきだろう。未組織、非正規など全労働者への波及では最賃の引き上げも重要課題だ。

     個別賃金の基礎となる賃金実態把握については組合員の賃金調査を行っている産別は少なく、厚労省の賃金構造基本統計調査の活用が多い。賃金制度の確立も重要課題だ。個別賃金の内容では諸手当、昇格原資の扱いも課題。要求根拠となる生計費調査は電機が実施している程度だ。

     欧州では産別労使交渉で横断的賃金を形成波及させるが、日本では賃金水準も交渉も分断された企業別交渉という弱点がある。その打開には産別統一闘争と共闘が重要だ。電機のような産別交渉の拡大強化も課題だろう。

     経団連の自社優先・各社分散型賃金決定と賃金デフレ攻勢に対し、社会横断的な賃金水準の引き上げがより重要となっている。(ジャーナリスト 鹿田勝一)