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    〈グローバル化の陰で〉(12)/気候変動対策か、企業の利益か?/オランダの石炭火力発電問題

    「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度以下に抑制するとともに、1・5度に抑える努力を追求する」
     気候危機への国際的な対策として採択されたパリ条約はこのような目標を設定している。もちろんこれは野心的な長期目標だが、その実現のために世界の多くの国、特にヨーロッパでは石炭を段階的に廃止する決定を下した国が多い。
     オランダでは2019年12月、「30年以降は石炭火力発電を禁止する」という新しい法律が制定された。背景には、草の根市民運動や気候危機対策に熱心な企業や投資家などの努力がある。

    ●ISDSで訴えられる

     しかし、現在この法律をめぐりオランダ政府は大きな危機に直面している。すでに国内で石炭火力発電を操業中のドイツの大手エネルギー企業ユニパー社が、同法によって将来の利益が損なわれるとして、オランダ政府に対して訴訟を起こす準備を進めているというのだ。新法によってユニパー社は、16年に開設した石炭火力発電所を閉鎖せざるを得なくなる(発電所は40年間の操業期間が予定されていた)。
     ユニパー社は「エネルギー憲章に関する条約」(欧州など50カ国が参加)にある投資家対国会紛争解決制度(ISDS)を使って提訴しようとしている。ISDSは、多くの自由貿易協定にも含まれる仕組み。投資先の国の政策変更や規制強化によって将来の利益が損なわれた場合、企業は賠償金を求めて相手国政府を提訴できる。その裁定は国内裁判所でなく、案件ごとに形成される国際仲裁廷で行われる。秘密性や企業寄り姿勢の傾向などの問題点は数多く、国際市民社会は激しく批判してきた。

    ●日本も他人事ではない

     オランダはもちろん、欧州の市民は危機感を強め、今年に入ってから同社に対し、オランダ政府を提訴しないよう求めるキャンペーンを大々的に行っている。
     市民社会はかねてからエネルギー憲章条約を問題視してきた。なぜなら、気候変動対策としての新法制定や、企業への規制強化があった場合、これまでも条約中のISDS条項を使って多くの企業が政府を訴えてきたからだ。16年時点で世界のISDS案件(累計約700件)のうち、約90件がエネルギー憲章条約がらみの案件だったという。エネルギー分野は世界情勢や国のエネルギー政策によって大きく変わることも多く、投資額も大きいため企業と国家間の紛争になりやすいのだ。
     企業からの提訴のリスクにさらされるのであれば、各国政府は思い切った決断をしにくくなるだろう。環境・エネルギーに関する国際法の専門家であるペッカ・ニメラ教授(フィンランド)は「オランダ政府に対するユニパー社の提訴は、パリ協定の目標とそれらを実施するための国際社会の努力に反しています。化石燃料を段階的に廃止しようとしている国々に委縮効果を与える危険性もあります。同社の主張は、国際的な投資協定とパリ協定の間の矛盾をあらわにしているのです」と指摘している。
     日本はこの条約に1995年に署名し、02年10月に発効した。日本にとってもこの条約の下でのISDS提訴は無関係ではない。大企業の利益を保護し続けるのか、気候危機にさらされる地球を守るのか、私たちは大きな選択を迫られている。(アジア太平洋資料センター共同代表 内田聖子)