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    〈働く現場から〉崖っぷちの個人請負労働・下/やっぱり死んではいけない/ジャーナリスト 東海林智

     個人請負の仕事をしつつ子どもを育てるシングルマザー。新型コロナウイルス感染拡大の影響で収入が激減した。先の見えない暮らしに心がすさんだ。

     

    ●好きなもの食べてね

     

     そんな中、今年小学校に上がった娘の七つの祝いに、フォトスタジオに写真撮影に行った。その帰り、2人は近所のショッピングモールのフードコートに立ち寄った。

     「お祝いだから、何でも好きな物食べていいよ」と声をかけると。娘の目が輝いた。カツカツの生活をしていて、普段、一緒に買い物に来ても、本当に必要な物しか買わない。娘もそれが分かっているからか、おねだりをしたことはなかった。いつも、母と手をつないでニコニコしていた。

     娘は大きなフードコートを端から端まで、スキップしながら何往復もして食べたい物を〃吟味〃した。ハンバーガーにパスタ、焼きそば、フライドチキンに丼物……。ついには「決められない」と半べそになった。ようやく、天丼とうどんのセットに決めた。恥ずかしそうに母の耳元で「あのね、アイスも食べたい。だめ?」と聞いてきた。どちらか一つだけかと決めかねていたのだ。

     

    ●頑張っても先見えず

     

     親子の日々のつつましい生活が浮かぶ。母がうなずくと娘は母に抱きついた。「こんな風に甘えられるのも久しぶりだ」と思った。コロナを耐え、生き抜くのにきゅうきゅうとしていた自分の顔はきっと甘えたい顔ではなかったのだろう。

     「コロナの食事はこうだよ」との娘の助言に従い、二人が横に並んで天丼セットを食べた。「ママ、おいしいね」。食べている間、何度も耳打ちしてきた。デザートはチョコレートパフェだ。アイスをねだったが、本当に食べたい物を母は知っていた。フードコートの620円のパフェ。娘は一口頬張ると体を震わせた。初めて食べるパフェのあまりのおいしさに、体が震えたのだ。

     帰り道もずっと、「おいしかったね」「楽しかったね」と飽きずに声をかけてきた。満足そうな寝顔の娘と並んで布団に入ったが、寝付けなかった。フォトスタジオにフードコート、この日使ったお金は3万8千円。大金だ。けれど、関係ない。死のうと思っていたからだ。悩んでいたのは、娘を一緒に連れて行くか、自分だけ死ぬかだ。

     頑張ってきた。けれど、本当に先が見えない。コロナ対策だとして会社は現金決済から、電子決済にするという。だが、そのシステム導入費用は個人負担だ。その上、電子決済だと手数料を取られ、取り分が減る。子どものために頑張ろうとギリギリ保ってきた心が悲鳴を上げていた。

     

    ●娘と生き抜こう

     

     どう死ぬかを考え続けるうち、フォトブックができてきた。照れながらも歓声を上げる娘を見た。どれもかわいい。届いた包みの中に、娘の写真のキーホルダーが一つあった。それはとびきりかわいいドレス姿の娘。娘が欲しいというので800円で作った。けれど、娘はそれを母に渡した。「いつもお仕事大変そうだから。お守り。いつも一緒だよ」

     「娘は何か感じていたのですかねぇ」。そう話すと、しばし泣き続けた。この世から離れようとする自分を娘は引き留めてくれた。何があっても娘と生き抜くことを決意した。「パフェを食べて体を震わせる娘を連れていけないですよね。何も楽しいことを経験していない。娘も私も……死んでたまるかって」。

     個人請負を偽装された労働がいかに罪深いかを考えている。絶望の淵にいるのはこの母親だけではないからだ。

     

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    コメント: 1
    • #1

      佐々木正和 (水曜日, 20 1月 2021 22:49)

      東海林さんのこの記事を読んで、胸が締め付けられました。

      黒澤明監督の「赤ひげ」を思い出しました。
      貧しい家の家族が一家心中を図る前に、ごちそうを食べるんです。その時の子どもの表情がヒックリ、驚き、うれしさで溢れていました。鼠取りを食べて一家心中をはかり、養生所に担ぎ込まれてくる場面を私は思い出しました。

      あの時の子どもの表情が心に残っていて、東海林さんの記事を読んで再び甦りました。
      映画ではあるのですが、江戸時代の貧困が21世紀この日本社会ので同じようなことが起こっているこの事実に私は私たちの力の弱さを感じました。

      東海林さん、いい記事ありがとうございました。
      2021/01/20
      メールアドレス:catpost7@mineo.jp
      佐々木正和