「機関紙連合通信社」は労働組合や市民団体の新聞編集向けに記事を配信しています

    インタビュー〈コロナ禍の日本経済〉暮らしと経済研究室主宰 山家悠紀夫さん

    上/賃上げこそ経済再生の処方箋


     新型コロナ感染拡大は収まるどころか、さらに勢いを増している。内閣府がこのほど発表した、7~9月期の実質国内総生産(GDP)は4・四半期ぶりのプラスに転じたが、先行きは見通せない。日本経済に今何が必要か、第一勧銀総合研究所元専務理事で、暮らしと経済研究室主宰の山家悠紀夫さんに聞いた。

        ○

     ――7~9月期の実質GDPは、戦後最大の落ち込みとなった4~6月期から5・3%、年率換算で23・9%増えました。約半世紀ぶりの大幅増だといいますが、どうみられますか?

     山家 直前の4~6月期が緊急事態宣言や自粛で大きく落ち込んだので、7~9月期にプラスになることが予想されていた。政府がコロナ対策を緩めたので、抑え込まれていた消費が回復し経済活動が戻ってきたということ。ただ、落ち方の割には、戻り方が非常に少ない。実質GDPの水準は昨年同時期の95%程度にとどまっている。

     海外諸国も7~9月期はGDPを回復させている。中国は完全に感染を抑え込んで復活させた。米国はトランプ大統領の失政で、感染症対策のための経済規制をしなかった。そうした海外の需要により、日本の輸出は回復した。

     しかし、設備投資や住宅投資は落ち込み続けている。全体的に回復が弱く、悪さが残っているという印象だ。

     ――欧米と比べて回復が弱いようにみえます

     日本経済は20年来の不況と、直近の経済の落ち込みで、新型コロナ感染拡大前から落ち込んでいた。

     景気動向指数をみるとよく分かる(グラフ)。第2次安倍内閣発足間もない2014年3月がピークで、消費税を5%から8%に引き上げた同年4月にがくんと落ちている。そこから3年ほど回復せず、消費が増えない状態が続いた。かろうじて輸出が支えていたが、米中の貿易摩擦により中国の米国向け輸出が抑えられ、日本の中国向け輸出も伸びなくなった。

     それなのに19年秋、消費税を10%に引き上げたので、景気はさらに落ち込んだ。やってはいけない引き上げだった。

     日本経済の現状を図にすると、表層がコロナ禍による景気悪化、次が消費税率引き上げによる落ち込み、底層に97年頃から賃金が上がらず先進国で唯一低下したことによる長期低迷がある。日本経済の停滞はこの三層構造の特徴がみられる(図)。

     

    ●感染対策だけに専念を

     

     ――処方せんは?

     菅内閣と安倍前内閣は消費増税の影響を認めたくない。「コロナで景気が悪くなった」ということにしている。19年には誰が見ても景気は後退局面に入っている状態だったのに政府は認めず、今年7月になってようやく、「18年11月に後退局面に入った」と認めた。

     政府はどうすればよいのか悩んでいるのだろう。だからいまだに「Go To キャンペーン」という筋の悪い政策に固執している。人が動くと経済に多少はプラスだが、感染は広がる。リスクが大き過ぎる。

     今は感染症を抑え込むことに専念すべき。感染を抑え込めば、自然と経済活動は戻ってくる。景気のことを考えて中途半端なことをしていると、いつまでもコロナ禍が収束せず逆に拡大し、経済ももっとひどくなる。休業や失業を余儀なくされている人を手厚く支えながら、しのぐことが大切だ。

     次に、消費税率引き上げが景気後退の直接の要因なのだから、5%に戻して消費を増やす。一律10万円などの給付金と違って、実施するのに手間もそれほどかからない。欧州諸国はコロナ禍で付加価値税(日本の消費税がモデルとした間接税)の税率を軒並み引き下げている。

     そして根本的には賃上げが必要だ。労働組合の皆さんには、賃上げが日本経済のためになるということに自信をもって春闘で闘ってほしい。

     

    ●賃上げが不可欠

     

     ――賃上げをしないとどうなりますか?

     97年から昨年までの20年余りの間、日本の実質経済成長率は年平均で1%を割っている。賃金が上がらず消費としてお金が循環しないため経済は成長しない。欧米並みに賃金を引き上げれば、2~3%は成長する経済になるだろう。

     賃上げは労使交渉で決めることなので、政府にできることは、企業が賃上げしやすい政策を行うこと。中小企業が賃上げできるよう公正取引ルールの確立や、非正規労働者の処遇を底上げする均等待遇の法制化などが必要。政府の責任で行えるものに、最低賃金の大幅引き上げがある。

     ――内部留保が今年も増え、475兆円超になりました

     できるならば内部留保を取り崩してでも賃上げをすべきだと思う。企業としても、賃上げをして国内の消費が増えるという循環ができれば、やがては自分たちにプラスになる。

     技術革新に備えるというが、内部留保は設備投資に使われてはいない。ただためているだけだ。たくさんたまれば海外企業の買収に使う。最近とみに企業買収が多い。これでは国内経済にプラスにならない。日本経済のことを考えれば、賃金で還元すべきだ。

     ――経営者も考え直すべき?

     昔の経営者の中には日本全体のことを考える人がいた。「このままでは労働者が疲弊して大変なことになる。それよりはきちんと賃上げをして、非人間的な労働条件はなくそう」と。それが社会の流れとマッチし、労働者を保護する法律ができていった。

     現代の経営者も今、立ち止まって考えるべきだ。このまま賃金を抑え、非正規労働者を増やしていけば、日本経済は低迷を続け、人材が育たず、開発力も弱まる。そういうことが現実に起こりつつある。(つづく)

     

    下/今も強まる新自由主義

     近年の日本経済の長期停滞の最大の要因が、1997年以降の賃金低下であると、暮らしと経済研究室主宰の山家悠紀夫さんは指摘する。直接の転機が、竹中平蔵現パソナ会長など新自由主義的な規制緩和論者が政権のブレーンに加わり「構造改革」を始めたことにある。その流れは菅政権下でも勢いを強めている。

        ○

     ――短視眼的な経営者が増えたといわれます

     90年代まで、日本の学者はそう言って米国を批判してきた。「日本の企業は目先のことではなく、長期的視野で経営しているから競争力が強いのだ。一方、米国の経営者は、四半期ごとに業績と株価を上げないとクビになる。だから長期的な経営ができない」――これが日本側から見た米国企業批判だった。

     それがいつのまにか日本も、「企業は株主のためにある」とか、「株価が上がればいい」と言い始め、四半期ごとの決算で失敗すると経営者が変わる状況になってしまった。

     ――なぜ反面教師だった米国のまねを?

     当時強められた「構造改革」とはそういうものだった。竹中平蔵現パソナ会長(当時・慶応大学教授)が小渕内閣の終わり頃、政府の経済戦略会議に入り、米国を手本とする改革方向の答申を出した。日本は平等が過ぎるので米国のような厳しい経営、つまり、働く者に厳しい経営をしろ、と。派遣労働の原則自由化など労働規制緩和はこの頃始まった。

     この流れが小泉内閣の構造改革につながっていく。企業は目先の利益を追求し最大化する行動をとるようになった。人件費削減を促す過度な競争政策が強められ、経営者が短期利益を追求しない企業は負けてしまうシステムをつくり上げてしまった。

     結果、景気が回復し企業の利益が増えても、賃金が上がらない経済構造がつくり出された。厚生労働省の労働経済白書(2012年版)にもそのことが示されている(グラフ)。

     ――当時「改革しなければ日本は沈む」などと盛んに言われていました

     言っていましたね。小さな政府や規制緩和を進め、米国と経団連の要望に沿った構造改革が日本経済の力を弱めてしまった。コロナで批判が高まったが、政府は誤りを認めていない。

     菅内閣でも、成長戦略会議に竹中氏をはじめ、「中小企業を半減しろ」などというデービッド・アトキンソン小西工藝社長などが委員に入った。彼らは、構造改革が失敗しても「改革が十分ではないからだ。もっとやれ」と言う。改革をしなければならないという方向にねじ曲げていく。

     

    ●日本の底力壊す暴論

     

     ――アトキンソン氏は、日本の生産性が低いのは、中小企業が保護され過ぎている、再編・淘汰を進め半分くらいにすべきという主張をしています

     生産性の概念が誤解されている。生産性は本来、一人の労働者が一定の時間にどれだけのモノを作れるかという概念。しかし実際に生産性を統計的に測る算式は、企業の付加価値(利益と人件費の総和)を労働者数で割る算式を使う。

     高く売れば、同じ製品でも生産性は高くなる。日本の企業は近年、景気が悪いため、ぎりぎりの低価格で製品を売るようになった。付加価値は小さくなり、それを労働者数で割るのだから、統計上の生産性が低くなるのは当たり前である。

     本来ならば、現場の生産性と統計上の生産性とを分けて考えなければならないのに、アトキンソン氏は完全に混同させている。

     日本の中小企業の生産性が低いなんてことはない。日本経済を支えているのは中小企業だ。半沢直樹のドラマではないが、中小企業の社員たちがその道一筋でコツコツと働き素晴らしい工夫をして良い製品を作り出してきたことが、日本の競争力の背景にある。

     戦後成長した大企業の多くが元々は中小企業だった。日本経済の底力をつくり出してきた。それを否定して中小企業を半分にした方がいいなんていうのはめちゃくちゃな議論だと思う。

     弱い中小企業はつぶしてしまった方がいいという先入観があって、それを説明するために、「生産性」という本来は良い概念をゆがめて持ち出している感じがする。

     ――中小企業の再編・淘汰を進めると、どのような影響が出るのでしょうか?

     中小企業は雇用の大部分を抱え、地方経済を支えている。失業が増え、多くの人々の暮らしが立ち行かなくなる。地方経済はますます冷え込み、日本経済全体の力が失われるだろう。

     「構造改革」は日本経済を長期停滞に陥れた。人員をぎりぎりに切り詰め、ゆとりのない脆弱(ぜいじゃく)な社会にしてしまった弊害が、コロナ禍で明らかになった。この継続を許してはならない。(インタビューは2020年11月26日)