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    労働時評/労使せめぎ合いの春闘へ/経団連の21年版経労委報告

     経営側の春闘対応指針となる経団連の2021年版経労委報告は、コロナ禍をてこにベア抑制や、労働移動の促進、働き方の変質、労働法制改悪など新自由主義的な施策を強め、春闘で労使がせめぎ合う提案となっているのが特徴だ。

     

    ●ベア回答の分断狙う

     

     賃上げについては雇用維持を前提に、自社型賃金決定として業種横並びや各社一律の賃上げは現実的でないと強調。収益安定企業でも「ベアは選択肢」として、個々人の成果による査定配分や職務・資格など多様な賃上げに分散させる。

     一方、収益悪化企業は「ベアは困難」とし、定昇についても「検討せざるを得ない」と、賃下げに踏み込んでいる。

     最低賃金についても、雇用への懸念などを口実に抑制する主張を展開。産業別特定最賃の廃止も打ち出すなど賃金の社会的規制に背を向けている。中小企業の賃上げも経営状況から困難と冷淡だ。

     争点は賃金水準。この20年間で先進国では日本だけが9%も低下した。中西宏明会長も「賃金が下位にあることは問題であり、消費を増やし経済を活性化させることが大事だ」と語る。賃上げのモメンタム(勢い)維持も当然だろう。

     報告は内部留保についても過去最高と認めながら、ポストコロナの投資に必要だとして社会的還元を拒否している。18年版の報告では過剰に増やすことを戒め「人財への投資」など賃上げへの活用も提起していた。コロナ禍の今こそ先進国水準への賃上げ、最賃の引き上げに内部留保を社会的に活用すべきだ。

     

    ●賃金と処遇改善合算へ

     

     報告は「総合的な処遇改善」に昨年以上に重点を置き、「人件費との合算」に踏み込んだ。

     処遇改善の項目は、「人材育成費」「テレワーク導入費」「勤務間インターバル」「育児・介護・治療と仕事との両立支援」など。

     問題は、賃上げとの関係だ。昨年は「総合的な処遇改善は賃金引上げとは異なる」としていた。だが、今年は「賃金等の人件費のみを考慮した労働分配率では限界がある」とし、賃金に加え、人材育成や働き方改善など総合的な処遇改善の費用を、労働者への分配とするよう提起している。

     電機大手では、昨春闘から初めて社員教育や年金負担などをベアに合算して労使合意した。21春闘では、さらに連合内他産別に広がる傾向を見せている。

     働き方改革や人材育成費などは「人への投資」だが、給与とは性質が異なる。人件費に合算させないことがより重要だろう。

     

    ●ジョブ型の歪曲

     

     報告は、「ジョブ型雇用」への転換に踏み込んだ。ポイントは、長期雇用・年功型賃金など「メンバーシップ型雇用」から、ジョブ型雇用導入へ、五つの課題を提起したことだ。

     具体的には(1)職務分析と職務評価の実施(2)職務記述書の作成(3)仕事・役割・貢献で賃金水準を設定し、人事評価は個人の成果・業績を反映する(4)即戦力となる中途採用者に加え、新卒者を含め通年採用(5)年功運用ではなく、人事評価により上位職務に就くことで昇進・昇格。職務が不要になった際の雇用継続について労使協議――など。

     報告は「メンバーシップ型」と「ジョブ型」を組み合わせる「『自社型』雇用システム」を提起。「仕事・時間・勤務地限定正社員」の拡大や社会全体の労働移動も挙げている。

     問題は「ジョブ型」の歪曲(わいきょく)だ。欧米のような企業の枠を超えた職種別・熟練度別の横断的賃金ではなく、自社型、成果主義など、処遇の個別分断と労働移動を強めようとしている。

     

    ●惨事便乗の労務改革

     

     報告はコロナ禍をてこに「人事労務改革」も大きく打ち出した。

     在宅勤務などテレワークの推進を掲げ、「場所と時間に捉われない働き方」の推進を提起。生産性向上へ働き手の自律性を高め、会社の目標達成と働く人の主体的な貢献など労使一体化の「エンゲージメント」の向上を重視している。

     労働時間法制の見直しも求めた。働いた時間ではなく成果を重視するとして、残業代不払いの合法化も画策している。

     

    ●20春闘のベア、ほぼゼロ

     

     コロナ禍の21春闘について、報告は「先行き不透明な危機的状況」で労使が認識を共有し、「企業の成長をどう実現していくか。日本の労使関係の真価が問われる」と、企業労使の一体態勢を打ち出した。

     問題は、報告の春闘対応ではコロナ危機がさらに深刻化することだ。経団連は昨年11月にまとめた「。新成長戦略」で、コロナ禍は「利潤追求重視の新自由主義の行き詰まり」と反省してみせた。だが、報告では利潤追求へ「企業の成長」を最重視。賃金抑制や雇用・働き方・労働法制改悪など、より新自由主義的な方向を打ち出している。

     春闘でも「自社型賃金決定」として「単組自決」を後押しし、統一闘争と共闘を弱め、春闘の解体と変質を狙っている。

     報告はコロナ禍を口実にベア抑制の姿勢を強めている。しかし、経団連調査でも昨春闘のベアは0・17%(511円)とほぼゼロに近い。その結果、実質賃金、家計支出ともに連続マイナスに転落した。個人消費拡大への分配構造の転換は不可欠ではないか。

     コロナ禍の21春闘は、経営側の「利潤優先・権利破壊」か、「国民の命と暮らし優先」かのせめぎあいの闘いとなる。経済、社会、政治の変革につながる総選挙も視野に、春闘で成果獲得へ組合の共闘拡大が期待される。(ジャーナリスト・鹿田勝一)