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    〈インタビュー〉「空気に流されないで」/コロナ禍の賃金交渉にエール/経済アナリスト 森永卓郎さんに聞く

     新型コロナ感染拡大による影響が、重くのしかかる中、2021春闘の交渉がヤマ場を迎えている。経済アナリストの森永卓郎さんは、コロナによる著しい業績悪化は限定的だとし、「空気に流されないで」と労組にエールを送る。日本経済全体のためにも「今は賃金を上げなければならない時」と強調する。

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      ――「コロナで賃上げどころではない」という声が聞こえます。

     森永 論点は二つある。コロナですごく大きな影響を受けている業種は限られているということだ。家計調査で見ると、外食や交通・観光、エンターテイメント、被服関係は厳しいが、その他の業種はそんなには落ち込んでいない。「コロナの影響で厳しい」というのは口実に過ぎない。

     製造業もそれほど落ち込んではいない。トヨタ自動車は販売台数で世界1位になった。世界一の企業が苦しいなんて、あり得ない話。空気をうまく利用しているとしか考えられない。

     もう一つの大きな論点が、08年のリーマンショック以降、労働分配率が下がり続けていることだ。労働分配率とは、企業が稼いだ付加価値を労働者に分配した割合のこと。その結果何が起きたかというと、企業の内部留保は500兆円近くに膨れ上がった。とんでもない額の利益をためこんでいる。

     これを今使わなくて、いつ使うのか。多くの企業にとって支払い能力は十分にある。

     近年賃上げを抑制してきた結果、日本の国内総生産(GDP)の世界シェアは急激に落ち込んだ。95年に18%だったのが、今では6%を割り込んでいる。働く人にお金がなくて消費が停滞し、経済が回っていかなくなったからだ。

     賃金水準という点から見ても、20年ぐらい前、日本は主要7カ国(G7)の中でトップだった。それが今や最下位になってしまった。「国際競争力を失うから賃上げできない」という、経営側の決まり文句ももう通用しない。

     経済全体のためにも、誰がどう考えても、今は賃金を上げなければならない時だ。

     ――株価はバブル以来の高値だといいます

     私が一番心配しているのは、莫大(ばくだい)な内部留保を抱えているために、企業が株式市場の投機に使うのではないかということ。これには前科がある。1980年代後半のバブル景気の時、どの企業も片っ端から余剰資金を投機に注ぎ込んだ。

     当時「財テク」と呼ばれた。金融の利益が、本業の営業利益をはるかに上回る企業が続出した。しかしバブル崩壊でひどいことになった。あれから30年余りが過ぎ、痛い目に遭った人は会社にいない。内部留保をためて投機に使うぐらいなら、さっさと働く人に分配しなさい、と言いたい。

     

    ●このままだと途上国に

     

     ――どのくらいの賃上げが必要でしょうか?

     正社員と呼ばれる一般労働者には、どう少なくみても定期昇給込みで3~4%の賃上げが必要だ。非正規労働者には2桁、10%以上の賃上げが必要だろう。

     米国はバイデン大統領が連邦最低賃金を15ドル(約1590円)に引き上げると述べている。これまで米国は自由競争として、最賃規制に否定的だった。その米国が引き上げる。労働規制緩和は米国に追随して、最賃はやらないというのはおかしな話だ。

     欧州諸国は既に高い水準で、韓国も日本より実質高い。このまま低賃金に据え置き続けたら、日本は発展途上国(並みの賃金)になってしまう、そういう危機にある。

     ――経団連は一律賃上げや中小企業の底上げに否定的です

     そこまで賃金を削って何がしたいのか、何を訳の分からないことを言っているのかというのが私の感想だ。「なんかコロナで大変だ」という空気を利用して、働く人を犠牲にするのは絶対に許されないことだと思う。

     ――一方、労働界にもベア要求を公表しないなどの動きもあります

     それもひどい話だと思う。トヨタという会社の影響力を考えれば、社会的責任は大きい。その組合が経営側に忖度(そんたく)して情報さえ公開しないというのは、いかがなものか。世の中小企業では「トヨタでさえ厳しいのに、うちができるわけない」と言われてしまう。堂々と「うちはこれだけ上げています」と組合が言うべきだと思う。