「機関紙連合通信社」は労働組合や市民団体の新聞編集向けに記事を配信しています

    インタビュー〈米国の最賃15ドル法案〉上/富裕層優遇からの転換/オバマ政権からの宿題/萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授

     米国では今春、全ての州に適用される連邦最低賃金を現行の時給7・25ドル(約781円)から、2025年までに段階的に15ドルへ(約1617円)と引き上げる法案を、民主党が追加経済対策法案に盛り込み提出した。結果的には取り下げたが、バイデン政権は引き続き重要政策と位置付けているとされる。日本でも時給1500円を求める動きが支持を広げ始めている。米国の動きをどう見るか。萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授(西洋経済史)に話を聞いた。

       ○

     ――バイデン政権の最賃引き上げ政策をどう見ていますか?

     萩原 最賃引き上げはオバマ政権が残した宿題といえる。当時、連邦最賃を7・25ドルから10・10ドルに引き上げる法案が民主党から出されたが、日の目を見なかった。   

     その後、最賃15ドルへの引き上げを求める運動が起き、ニューヨークやカリフォルニアなど、最賃15ドルへの段階的な引き上げを決める都市や州が次々に現れた(表A)。バイデン政権の15ドル法案は決して唐突に出てきたものではないし、非現実的でもない。

     全国一律でないと、企業が最賃の低い地方に逃げていく。一部の都市や州だけでなく連邦最賃を15ドルにすべきという主張は、特に左派のバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレン(ともに民主党上院議員)など、貧富の格差の解消を目指す「進歩派」の人たちが訴えている。

     15ドル法案は、民主党が多数の下院では通ったが、上院の議席は50対50。共和党は全員反対で、民主党からも反対者が出た。企業側のロビー活動に屈したのだろう。結局、コロナ対策の追加経済対策法案を通すため法案を取り下げた。進歩派が議席を増やさないと難しいということだろう。

     先にも触れたが、連邦最賃の引き上げは、オバマ政権の時に失敗している。08年11月の大統領選挙で勝利し、10年11月までは上下両院で民主党が多数だった。しかし、「ティーパーティー(茶会)」という、極端な「小さな政府」を志向するグループが台頭し、下院は共和党が多数を占めた。最賃引き上げが議会を通る状況ではなくなった。

     その時、オバマは連邦政府が契約する企業の最低賃金を10・10ドルに引き上げた。バイデンもこれにならい、政府関連の仕事について、最低15ドルを保障する大統領令に署名している。

     

    ●大きな政策転換

     

     バイデン政権誕生で政策が大きく転換した。特に税制。トランプ前政権が35%から21%に引き下げた法人税を、バイデンは逆に28%に引き上げると表明した。注目すべきは、多国籍企業への最低課税の創設を提唱していること。世界中のどこでビジネスをしてもこれだけは払わなければならないというルールだ。法人税引き下げ競争に歯止めをかける狙いがある。

     富裕層に対するキャピタルゲイン(配当などの金融所得)の増税も進める。どんなにもうけても同じ税率という制度を改め、累進課税をかける。

     こうした大きな政策転換の中に、連邦最賃15ドルへの引き上げが位置付けられている。

     ――反対論は根強い?

     よく「企業が倒産する」といわれるが、オバマ政権時の元政府職員たちが、実際に最賃を引き上げた地域を調査し、労働者が定着するようになったと報告している。低賃金だとすぐに離職するが、賃金が上がると落ち着いてその仕事をするようになる。地域の購買力は上がり、企業にも利点があるとしている。

      とはいえ、払えない企業もある。そういう企業にどう手当てするか。例えば、大企業への研究費助成は日本と同じく手厚い。これまで富裕層優遇だった財政を、最賃引き上げで困る企業に回すことが検討されている。