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    インタビュー〈米国の最賃15ドル法案〉下/トリクルダウンより底上げ/来年の中間選挙がカギ/萩原伸次郎横浜国立大学名誉教授

     トランプ前政権は企業優遇の政策を行い、企業利益は増大し株価は上昇したが、「労働者への還元」は乏しかった。バイデン政権は連邦最賃を15ドルにすることで、貧困を解消し、底上げによる経済効果を目指している。その行方は来年の中間選挙にかかっている。

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     ――オバマ政権は「中間層重視の政策」を打ち出していました

     萩原 バイデンはオバマ政権の政策を引き継いでいる。当時との決定的な違いは、貧富の格差解消を目指す「進歩派」が力をつけてきたことだ。2010年の中間選挙で「ティーパーティー」が推す共和党に負けた時、民主党で存在感を示していたのはサンダースぐらいだった。12年の大統領選前には、1%の富裕層に富が集中する経済の変革を訴えた「ウォール街を占拠せよ」の運動が起き、それに推される形でオバマが再選。サンダースに共鳴する人々が議会に出始めた(表B)。

     ――中間層から貧困層にもターゲットを広げている印象を受けます

     トランプの法人税減税により、企業の利益は上がり株価も上がった。企業の利益が庶民にも行き渡る「トリクルダウン」を期待させたが、実際はそう効果はなかった。

     トランプ政権下で、コロナ禍の前までは、失業率は史上最も低い3・5%だった。しかし、失業率が低いからといって単純には喜べない。なぜなら低賃金の仕事ばかりだからだ。貧困層の人々は暮らしていけないので、低賃金の仕事を二つも三つも掛け持ちし、朝から晩まで働いている。働いても働いても貧困から抜け出せない現実がある。この仕組みを変えようとしている。

     ――今後もぶれない?

     今後も追求していくだろう。米国は今、インフレ傾向にある。最賃を上げないと、労働者は困る状況にある。現行の7・25ドルは長年据え置かれ、実質的な価値は半世紀以上前の水準に落ち込んでいる。最賃15ドルの政策には、国民の支持も高い。生活保障にかかる歳出の削減につながり、労働者の尊厳が守られる。

     問題は議会の構成だ。2022年の中間選挙で、上下両院の民主党、進歩派の議席を増やせるかどうかがカギとなる。

     ただ、米国も一筋縄ではいかない。共和党は今「トランプ党」と化している。リズ・チェイニー下院議員が先日、下院の共和党指導部を解任された。ブッシュ政権時の副大統領の娘で、保守派だが、トランプ批判の急先鋒だった。共和党はまともな保守を排除している。民主主義が今、問われている。中間選挙で民主党が負ければ、15ドルは厳しくなるだろう。

     

    ●労組の力が大事

     

     ――日本が教訓にできることはありますか?

     米国ではファストフード労働者を中心に、さまざまな労働者が「最賃を上げないと生活できない」と声を上げ、実際に州や都市の議会に反映させてきた。

     労組の力を強めることも大事だ。米国も組織率が低下する中、最近、アマゾンなど情報産業の新興企業で労組をつくる動きが起きている。経営者はつぶそうとしているが、バイデン政権は組合つぶしにブレーキをかけている。

     労組の力が弱いと賃上げは進まない。かつて高度成長期は労働分配率が高かったが、今は資本の力の方が強い。

     19世紀末から20世紀にかけての新興産業は自動車産業だった。それまで違法とされていた労組を、ルーズベルト大統領(1933~45年)が合法化し、多くの労組ができていった。これがその後の高成長の礎となった。

     バイデン政権の政策転換を発展させていけば、米国社会、経済の状況はかなり変わるだろう。日本が学ぶべきところは大いにある。