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    〈働く現場から〉真剣に最賃の議論を/ジャーナリスト 東海林 智

     2021年度の最低賃金改定の議論が大詰めを迎えている。報じられている通り、中央最低賃金審議会(中賃)は、28円の目安を示した。今年度は地域ごとのA~Dランクで同一の目安を示した。「史上最高の上げ幅」と官邸や与党は胸を張るが、昨年度の目安が実質ゼロだったことを考えれば、胸を張れる額ではなかろう。とはいえ、経営側が採決で反対するなど、経営側にとっていかに引き上げが厳しいかをアピールする〃小芝居〃をする中、全国一律の目安での引き上げが議論されている。

     経営側の〃小芝居〃と書いたことに怒る方もいらっしゃるかも知れない。「中小零細の厳しい状況を知らないのか」と。確かに飲食店など接客業を中心に、新型コロナウイルスの影響で青息吐息の事業者はあるし、企業の倒産件数も増え続けている。だからと言って、2年連続ゼロにしなければならないほど、ひどい状態なのかといえば、国税庁が発表した法人税の納税額や納められた消費税額を見ると、むしろ経済は好調に回っていることを示している。最賃を引き上げるのが厳しいという、接客業や中小・零細には引き上げのための支援をすれば良い。

     

    ●最賃で働くことの現実

     

     こんな風に強く思うのは、今年、4年ぶりに最賃を巡る状況をじっくり取材できたからだ。取材したのは中賃の議論ではなく、最低賃金の周辺で働く、中央、地方の労働者たち。最賃で働く労働者の実態を知ってもらおうと、全労連などが例年以上に現実にこだわってアピールした。出版労連の組合員で、東京都内の取次会社の下請けで働く鈴木真貴さん(47)もその中で知り合った。

     鈴木さんは午前9時~午後5時まで、週6日間フルタイムで働く。賃金は、9年前に契約社員で勤め始めた時から最低賃金に張り付いている。なので、現在の時給は1014円だ。昨年8月に無期転換制度を利用して有期雇用から無期雇用に転換したが、待遇改善はまったくなし。ボーナスや退職金が新たに出ることもなく、時給もびた一文上がらなかった。

     今年の春闘で組合として賃上げを求めたが、「あなた方の賃上げは秋です(最賃の改定に合わせるの意)」との回答だった。鈴木さんは「無期転換で安定したが、待遇は改善するつもりはないのだと痛感した。最賃でしか私たちの賃金は上がらないのだ」と唇をかむ。今回、実名を出して実態を語っているのは、処遇改善には最賃引き上げに懸けざるを得ないからだ。

     

    ●「もののようで嫌だ」

     

     有期労働者の無期転換制度ができる時、私は何度も「処遇改善をセットにしない無期転換では、低賃金で一生働く労働者を増やすことになる」と書いた。現実は危惧した通りに進んでいる。ならば、他の条件の良い仕事を探せば良いのだと簡単に言う評論家もいるが、現実はそんなに単純ではない。

     鈴木さんのケースで言えば、両親の介護を担うため、自宅から徒歩で行けて、労働時間もきっちり決まっている仕事でないとできないのだ。最賃で働く人は、シングルマザーを含め、多くが仕事を離れられない理由がある。

     鈴木さんは定時で働けると選んだ職場だが、それも怪しくなってきた。業務量が少ない日は「早帰り」と称して定時になる前に仕事を打ち切られることや、前日に「明日は有給で休みにして」と突然言われることも。同様に残業も突然言い渡される。これは、収入の不安定さにもつながってくる。毎月の収入が分からないのだ。

     今回の取材の中で、このように会社の都合で勤務時間を都合良く変えられている労働者は業種を超えていた。「仕事に来てすぐに帰れとか、もっと仕事しろとか、物のように出し入れされているようですごく嫌だ」。カフェで働く女性は吐き捨てた。

     物のように扱われる労働者の声は切ない。だからこそ、最低限の生活を支える賃金として、最賃は機能しなければならない。今、そのことが真剣に考えられ、議論されるべきだ。